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国際社会を見渡す戦略眼において突出している安倍晋三首相にして、その戦略の旗は揺らいでいないか。強い支持基盤を維持する自民党にして、国益をかけて発すべき言葉を忘れていないか。

 

7月以来北朝鮮は7度、ミサイルを発射した。短距離ながらも日本を射程におさめた北のミサイルはロシアのイスカンデルと酷似し、低空飛行と変則軌道を特徴とする。

 

現在の日本のミサイル防衛能力では対応できないというのが専門家の見立てだ。中露の核・ミサイルに北朝鮮のそれが加わり、国民の生命が深刻な危機に瀕(ひん)している。この間首相は国家安全保障会議を一度開いたきりだ。北朝鮮のミサイル発射を国連安全保障理事会の決議違反だと明言したが、静観に徹している。

 

理由はトランプ米大統領が米国本土に届く大陸間弾道ミサイルでさえなければ、北のミサイル発射は米朝合意違反ではないと容認しているからであろう。拉致問題解決に向けて北朝鮮との話し合いのきっかけを潰したくないとの首相自身の思惑もあるだろう。

 

一連の危機の前でこの沈黙が正しいのか、大いに疑問だ。第一にトランプ氏の短距離ミサイル発射の容認は日本切り捨てにつながりかねない。トランプ氏は世界に向けて日米関係の緊密さを強調してみせる。安倍、トランプ両首脳の強い絆は疑うべくもないが、北朝鮮が度重なる発射で技術を向上させれば日本への脅威はより深刻になる。

 

静観が拉致問題解決の手掛かりにつながるとも思えない。確かに首相の戦略は功を奏した。国際社会は北朝鮮包囲網を構築し、経済的に追い詰められた金正恩朝鮮労働党委員長は交渉の席についた。だが、いま金氏は短距離ミサイル発射だけでなく、7月から8月にかけて新たな潜水艦の建造を視察し、超大型多連装ロケット砲の発射や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験の準備を進めるなど、世界に新戦力を誇示している。一連の軍備には膨大な資金が必要だ。国連安保理専門家パネルは8月5日、北朝鮮がサイバー攻撃で最大で20億ドル(約2100億円)を窃盗していた可能性があると発表した。北朝鮮の輸出総額29億ドルは国連制裁で2億ドルに激減した。だが彼らは制裁で失った分を埋め合わせる程の資金を盗み取っていた。

 

首相の拉致問題解決の戦略は被害者全員を日本に帰国させる見返りに、日本は北朝鮮の経済発展を資金と技術移転で支えるというものだ。

 

国連報告から読みとれるのは、日本の提案も含めて国際社会の対応をあざ笑うかのように、資金を確保し対米抑止力の強化に集中する金氏の姿だ。日本政府は国際社会の対北朝鮮監視体制のタガの締め直しと、外からの攻撃に脆弱(ぜいじゃく)なわが国の現状の抜本的強化を着実に行うときだ。

 

国家基本問題研究所副理事長の田久保忠衛氏は、1970年代から80年代にかけて当時の西ドイツがソ連の中距離核ミサイルの危機を乗り越えた手法を想起すべきだと指摘する。

 

「ソ連の中距離核ミサイル、SS─20の射程に西独が入ったと判明した途端に、シュミット首相は米国に中距離核の配備を要請しました。現在の日本同様、当時の西独はパシフィズム全盛でした。その中で米国の核持ち込みを決定した。大英断でした」

 

米国は西ドイツの要請に応えた。西ドイツは米国の核の力を借りて欧州における米欧諸国の軍事力をソ連と同等もしくはそれ以上に引き上げた。同時に核軍縮交渉を「2トラック方式」で並行して進めた。これが後に米ソの中距離核戦力全廃条約締結と、SS─20の廃棄につながった。

 

日本はいま北朝鮮の核ミサイルの射程内に入れられ、その攻撃を防げないのである。日本国民の生命が危機に晒(さら)されている厳しい現実に、責任ある政治家ならば夜も眠れない危機感を抱くはずだ。

 

いま、何人の政治家がこの危機を実感しているだろうか。日本国民の命を守るのは米国政府ではない。日本政府だということを忘れていないか。西ドイツに倣うのであれば、非核三原則から「持ち込ませず」を外して二原則にし、米国に核持ち込みを正式に要請する選択肢もある。しかし、その種の議論の片鱗(へんりん)もない。憲法改正は急ぎに急がなければならない。なのに国会には動きがない。なぜ、こうも遅いのか。一体どうしたことだ。

 

政府が外交上静観しなければならないのなら政府に代わって自民党が前面に出て議論せよ。党が決議し、政府を動かし、日本を守る力とならずして、与党の存在価値など、どこにある。

 

トランプ政権の真意が測り難い中、国際社会は安倍晋三首相の声を求めている。混乱の最中にある香港こそ必死である。8月31日、13週連続の週末デモが行われた。前の週に続いて警察は空に向けて実弾を発砲した。「動乱発生」「緊急事態に突入」を口実に「香港基本法18条」に基づく中国共産党一党独裁政府の介入もあり得る。いま抗議しなければ明日の香港も自由もないとして、命懸けで立ち上がっている香港人を孤立させてはならない。

 

30年前、世界は天安門事件で中国に制裁を科した。それを真っ先に解除して中国政府を助けたのは日本だった。そんな甘い態度は、もはや許されない。

 

価値観外交の旗を掲げる首相の言葉ほど、世界もアジアも注目しているものはない。首相は香港の自由と日本の未来のために、中国政府に自制を求める強いメッセージを発すべきだ。自民党も誇りある政権与党として首相を支えて国益を守るべく、力強く発信せよ。それを継続せよ。中国は今日も尖閣の海に侵入している。今日の香港は明日の台湾、明後日の尖閣・沖縄なのである。

 

筆者:櫻井よしこ

 

 

9月2日付産経新聞連載コラム【美しき勁き国へ】を転載しています

 

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Yoshiko Sakurai, Japan Institute for National Fundamentals

Author:

Yoshiko Sakurai is president of the Japan Institute for National Fundamentals.

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