パラリンピアンらが市民と交流するイベントが6月20日、東京都調布市の味の素スタジアムと京王アリーナTOKYOで開かれた。
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7人のパラリンピック、オリンピックの選手、元選手が集結した(味の素提供)

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パラリンピアンやオリンピアンが集結し、市民と交流する「感謝デー」イベントが6月20日、味の素スタジアム京王アリーナTOKYOで開かれた。パラスノーボード日本代表の小須田潤太選手は、娘が事故で短くなった足を「かわいい」といってくれたエピソードを披露し、「健常者も障害者も垣根がない世界」を子どもから学んだと語った。

トークショーの小須田さん(杉浦美香撮影)

「かわいい」が教えてくれたこと

「パパの小さい脚、かわいい」

2歳の娘から大腿部から先がない右脚をそう言われた時、小須田さんはハッとしたという。

家でも義足をつけて生活しているが、風呂やベッドでははずしている。娘にとって小須田さんが義足をつけていない姿は日常だ。障害があるからかわいそうでも、特別でもない。一つの個性として受け止めていた。

「障害をそんな目線で見られたら、どれだけボーダーレスな世界がひろがるだろうか」。小須田選手はそう語り、子どもから教えられた気づきを来場者に伝えた。

義足を脱いで右脚を見せてくれた小須田さん(杉浦美香撮影)

「生命線だった」冷凍弁当

トークショーには小須田さんのほか、パラアスリートを栄養面から支援する味の素「ビクトリープロジェクト」の蘆名真平さんと、味の素冷凍食品の片岡知さんが登壇した。

小須田さんは今年3月のミラノ・コルティナ冬季パラリンピックを振り返り、海外遠征での食事の難しさについて語った。

海外では食事が合わず、数週間の遠征で2~3キロ体重が落ちることも珍しくないという。パラ大会の選手村でも、日本人が日常的に口にするような和食はほとんどなく、日本食材を購入できる店も近くにはなかった。そんな中で支えとなったのが、味の素の冷凍弁当「あえて、」だった。

「生命線は、お米と冷凍弁当『あえて、』でした」

「あえて、」は野菜やたんぱく質などをバランスよく摂取できる冷凍弁当だ。今回の大会では、日本からイタリアまで約30時間かけて運ばれた。

味の素グループが2003年からトップアスリートを食と栄養の面から支援する「ビクトリープロジェクト」を展開する歴史の中で、冷凍食品を日本から現地に運ぶのは初めてだった。

片岡さんは「何度も何度もシミュレーションしました。途中で解凍してしまったら、何のために現地に来たのかわからない」と振り返る。

冷凍弁当運搬の苦労を話す片岡さん(杉浦美香撮影)

パラアスリートにとって食事は単なる栄養補給ではない。蘆名さんは「重度の障害があるアスリートの中には、トイレも介助者のサポートを受けながら時間や曜日を決めて生活している人もいる。食事が変わることで排泄のタイミングが狂うと大きな負担になる」と説明する。そのため、普段から食べ慣れた日本の食事を安定して提供することは、コンディション維持に直結する重要なサポートだという。

食事の重要性を説く蘆名さん(杉浦美香撮影)

けがを抱えて挑んだパラリンピック

小須田さんは21歳の時、交通事故で右脚を大腿部から切断した。事故から3年後、義足のランニングクリニックで元パラ陸上選手の山本篤さんと出会い、競技の世界に飛び込んだ。その後、陸上だけでなくスノーボードにも挑戦。東京パラリンピックでは陸上、北京冬季パラリンピックではスノーボードで出場し、いずれも7位入賞を果たした。

2025年には世界選手権バンクドスラロームで優勝。今年のミラノ大会では2種目で金メダル獲得を目標に掲げていた。

しかし大会直前、海外遠征中に右肘を骨折。さらに大会前日の練習で同じ箇所を強打した。痛みを抱えての出場だった。

「新しいことに挑戦した結果のけがだった。その選択に悔いはない」

スノーボードクロスで4位、バンクドスラロームで5位と、惜しくもメダルには届かなかったが、「けがが原因ではなく、実力として妥当な結果だった」と受け止める。

「必要なのは勝つ経験。ここだけ勝てばいいのではなく、常に勝ち続ける意識が大切だ」―そう語り、次の挑戦を見据えた。

パラスノーボード用の義足は約180万円

東京パラリンピック以降、企業の受け入れ体制は大きく広がった。
小須田さんによると、今パラ大会では日本代表選手全員が企業に所属していたという。

一方で、競技環境には課題も残る。パラスノーボード用の義足は約180万円。保険適用外で、大きな負担だ。小須田さんも競技を始める際、両親から資金を借りた。

「勢いだけでやってきた」

現在は、自らの義足を貸し出すなどして競技人口の拡大に取り組んでいる。

もう一つの課題は、日本国内で、世界大会の選考につながるようなスノボの大会が整備されていないことだという。「目指す大会が必要。まずはそこからだ」と話す。

7人のパラ・オリの代表選手が集結

イベントには小須田さんのほか、山本篤さん、鳥居健人さん、鳥海連志さん、岩渕幸洋さん、七野一輝さん、そしてオリンピック競泳メダリストの松田丈志さんらが参加した。

レジェンドとよばれる山本さんのかけっこ教室(杉浦美香撮影)

会場には家族連れなど約1万4000人が来場。競技体験やトップアスリートとの交流を通じて、スポーツの楽しさや食と栄養の大切さを学んだ。そして、小須田さんの娘の一言が示したように、スポーツを通じて障害の垣根を超える社会の姿を感じさせる一日となった。

子どもたちと車いすバスケットをする鳥海選手(杉浦美香撮影)

筆者:杉浦美香(Japan 2 Earth編集長)

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