日本のアニメの市場規模は過去最高を更新し、ヒット作も相次ぐ。それでも業界はなお、自らの成長が現場を潤さない構造を抱え続けている。アニメ業界を長年取材してきたベテラン記者が、市場拡大が必ずしも制作現場の救済につながらない実情を読み解く。
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北米最大級のポップカルチャーイベント「ニューヨーク・コミコン」に参加したコスプレーヤーら=9日、米ニューヨーク(本間英士撮影)

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日本のアニメ市場は拡大を続け、2024年の市場規模は3兆8400億円(約240億ドル)と過去最高を記録した。このうち海外売上高が全体の57%を占める。一方で、作品を実際に制作するスタジオの経営環境は依然として厳しい――。アニメ業界を20年以上取材してきたジャーナリストの数土直志氏は、その実情をこう指摘する。

数土氏はJapan Forwardのインタビューで、市場拡大と制作コストの上昇がほぼ並行して進んでいることや、大ヒット作品が業界全体を押し上げるのではなく格差を広げている現状、さらに制作現場の労働市場が二極化しつつある背景について語った。

売り上げ増でもコスト急騰

数土氏によると、制作会社の売上高は、日本動画協会の統計が示すように着実に伸びている。しかし、その増収が制作現場の負担軽減にはつながっておらず、制作費も売り上げと同じペースで膨らんでいるという。

「売り上げが伸びているからといって、制作会社の経営が楽になっているわけではない。それは全く別の話だ」

最大の要因は人件費である。長年、低賃金が問題視されてきたアニメーターや監督、制作進行などの給与は近年大幅に改善した。数土氏は「働く人にとっては望ましい変化だ」と評価する一方、制作会社にとっては大きな負担増になっていると説明する。

制作予算は拡大しているものの、1作品当たりに必要なスタッフ数も増加している。かつて200人規模で制作していた作品が、現在では300人程度を要するケースも珍しくないという。

「制作予算が2倍になっても、スタッフ一人ひとりの給与が2倍になるわけではない」

人件費以外の負担も重くなっている。東京都内のオフィス賃料や電気料金に加え、Adobe製品をはじめとするソフトウエアのライセンス料も大幅に上昇した。

数土氏は「こうしたコストを積み上げると、市場規模の拡大ほどには賃金は伸びていない」と指摘する。

その結果、市場全体が過去最高を更新する一方で、制作会社の赤字経営はむしろ増えているとの見方を示した。

広がる業界内の格差

数土氏は、世界興行収入が970億円(約6億ドル)を超えた「鬼滅の刃」劇場版シリーズの最新作を例に挙げ、大ヒット作品が制作会社の経営を一変させると指摘する。

同シリーズを手掛けるユーフォーテーブルは、約200人のスタッフを正社員化する組織改革を進め、賞与も引き上げた。さらに、カフェ事業や映画館運営など周辺事業にも進出し、事業基盤を広げている。

ユーフォーテーブルやスタジオ地図、東映アニメーションといった有力制作会社は、それぞれの人気作品を背景に高い収益を確保し、待遇改善や良好な労働環境の整備を実現している。「利益を十分に上げているからこそ、そうしたことが可能になる」

もっとも、そのような成功を収める作品はごく一部にとどまる。「本当にヒットする作品は、全体から見れば少数だ」

大多数の制作会社は、話題作に恵まれないまま作品制作を続けており、アニメ市場の拡大による恩恵を十分に受けられていないという。制作本数の増加によって受注競争は一段と激しくなり、制作現場の環境は「依然として厳しいままだ」と数土氏は指摘する。

資金調達の面でも格差は広がっている。複数の企業が出資し、権利を共同保有する「製作委員会方式」は、現在もアニメ制作資金の中心的な仕組みであり、数土氏は今後も大きく変わることはないとみている。

一方で、自社資金で製作委員会を主導できる企業は限られる。数土氏はサイバーエージェント、バンダイナムコ、アニプレックスなどを挙げ、「NetflixやAmazon、Disneyといった動画配信大手と直接交渉できるノウハウも備えている」と説明する。

「こうした企業は自ら資金を出し、自らの条件で作品を制作し、権利も自社で管理できる。その結果、企業規模も利益もさらに拡大している」

その一方で、多くの制作会社は依然として請負契約による固定報酬型の仕事に依存しており、作品がヒットしても収益拡大の恩恵を十分に受けられない。数土氏は、「この二つのグループの格差は、かなり極端なものになりつつある」と現状を分析した。

二極化する制作現場

アニメ業界の労働環境について、数土氏は、国連人権理事会などが業界の労働慣行を問題視してきたことが改善の決定的な要因になったとの見方には懐疑的だ。

「海外からの圧力そのものが、大きな影響を与えているとは思わない」。むしろ、制作会社の経営陣や製作委員会の出資企業が、従来のビジネスモデルでは持続できないとの危機感を数年前から共有し、業界内部から改革が進んだことが大きいと分析する。

現場の労働環境は着実に改善しており、とりわけ上場企業ではコンプライアンス(法令順守)の徹底が求められることから、待遇改善が進んでいるという。ただ、その変化は「世間の認識にはまだ十分浸透していない」と指摘した。

数土氏がより深刻な問題として挙げるのは、企業間だけでなく、働き手の間でも二極化が進んでいることだ。東映アニメーションやバンダイナムコグループの制作会社などに所属する社員アニメーターは、給与や福利厚生が改善されつつある。一方、同じような仕事を担うフリーランスのアニメーターは、正式な契約を結ばないまま働くケースも多く、待遇改善の恩恵を受けにくい。2023年に日本アニメーター・演出協会(JAniCA)が実施した調査では、フリーランスや個人事業主として働くアニメーターや演出家は全体の47%を占めた。

数土氏は、「同じような絵を描き、ほぼ同じ時間働いていても、高待遇のアニメーターと、従来と変わらない厳しい労働環境に置かれたアニメーターに分かれてしまっている」と現状を説明する。公正取引委員会がフリーランスとの契約実態について調査を進めていることは前向きな動きと評価しつつも、「それだけでは十分ではない」との認識を示した。

海外の低コスト人材との競争で日本のアニメ産業が優位性を失うとの見方についても、数土氏は否定的だ。「人件費が安いからという理由だけで海外へ外注する時代は、すでに終わっていると思う」。韓国や中国、タイ、ベトナムなどでは賃金水準が上昇し、日本との人件費格差は大きく縮小した。そのため現在は、コスト削減ではなく、人手不足を補い、高い技術を持つ人材を確保するために海外へ制作を委託するケースが増えているという。

数土氏は、海外の優秀なアニメーターとの人材獲得競争は、日本国内の賃金を押し下げるどころか、引き上げる要因になると指摘する。日本独自の2Dアニメ制作に携わることを望んで来日する海外人材は少なくなく、人材確保を巡る競争の激化が、国内の待遇改善につながるとの見方を示した。

筆者:ダニエル・マニング(JAPAN Forward記者)

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