沖縄戦は昭和20年6月23日、民間人を含む日本側約20万人、米兵側約1万2000人の犠牲者を出して終結した。米軍の沖縄上陸作戦は、突如戦場に立たされた若い徴兵が大半だった。
沖縄本土を目指し、慶良間諸島に初上陸した米軍(昭和20年3月、米軍撮影)。白黒フィルムのニュース写真を人工知能(AI)の力を借りてカラー化、当時の資料などを参考に細部の色合いを修整し、できる限り当時の雰囲気を再現した。
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昭和20年6月23日、民間人を含む日本側約20万人、米兵側約1万2000人の犠牲者を出して終結した沖縄戦は、この星条旗の写真から始まった。3カ月前の3月、米軍は本島から約40キロ離れた慶良間諸島の阿嘉島に初上陸した。何かを暗示するかのような分厚い曇り空が印象的である。
「アイスバーグ(氷山)」と名付けられた米軍の沖縄上陸作戦は、直近の硫黄島の戦いが海兵隊などの軍人中心だったのに比べ、突如戦場に立たされた若い徴兵が大半だった。高校を卒業したばかりの10代も多く、市街地や洞窟(ガマ)での住民を巻き込む凄惨な戦いは、若者たちの心に強烈な自己嫌悪と罪悪感を残した。
筆者:皆川豪志(産経新聞)
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2026年6月14日産経ニュース【色のある昭和】より
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