茅葺きの風情がある小屋が並ぶ「みょうばん湯の里」(杉浦美香撮影)
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JR別府駅から車で約15分。標高350mの高台に「みょうばん湯の里」はある。茅葺き小屋が立ち並び、立ちのぼる蒸気と硫黄の匂いが出迎える。
「地面を触ってください」
16代当主である飯倉里美さんの声に従い、手を地面に置いてみた。手の平からじわりと熱が伝わってくる。「この30cmの下に温泉の蒸気が充満しています」と飯倉さん。

飯倉さんの先祖である脇屋儀助(わきや・よしすけ)が江戸時代にこの温泉の蒸気を結晶化して「豊後明礬(ぶんごみょうばん)」として製造を開始した。ミョウバンは染物や皮のなめし、止血剤などの医療用として重宝され、江戸幕府の専売品として買い上げられていたという。しかし、明治時代になり、安価な中国製のミョウバンが出回るようになり、商売がなりたたなくなりミョウバンの製造過程で生まれる入浴剤「湯の花」へと切り替えていった。
重要無形民俗文化財の製造法
日本各地の温泉地で販売されている湯の花は、硫黄を主成分とした温泉の沈殿物だが、ここでは、職人が竹やワラで組んだ茅葺き小屋に噴気を引き込み青粘土と反応させて結晶化させ、湯の花を製造する。1日に1ミリしか育たないという。

小屋は二重構造になっており、内側のワラが水分を吸収し、油分を含んで水をはじくカヤを外側に配置している。「昔の人の知恵です」と飯倉さん。
硫黄成分の影響で小屋は2年に1度は職人の手で葺き替えられる。この唯一無二の製法や景観から2006年、国の重要無形民俗文化財に指定された。この光景をみようと、大型クルーズ船のインバウンドや多くの海外旅行客が訪れる。

サステナブルに続けるために
飯倉さんによると、100年前に湯の花小屋は300棟あったが、現在は15棟にまで減ってしまった。震度7を記録した2016年の熊本地震で、11の小屋が被害を受けたが、3年かけて復興させたという。
小屋の中は冬でも気温が30度、夏は50度にもなる。現在、6人の職人が働き、今の規模では手は足りているが、今後、後継者を育てることが課題になっている。製法を知ってもらうため、小学生むけの科学教室も開催している。天然のミネラル豊かな湯の花を活用して、化粧品を販売、ブランド化した。
「この地で300年続いてきた産業をこれからも維持していきたい。そのためにまず、ここならではの湯の花の良さを知ってもらうために海外に向けても発信していきたい」と飯倉さんは話している。
筆者:杉浦美香(Japan 2 Earth編集長)
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