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日本の出生率に関する論争では、いわゆる「独身税」が焦点となっている。政府が打ち出した子育て支援金制度への批判として、この表現がインターネット上で急速に広がった。制度は、拡充される少子化・子育て政策の財源確保を目的とした新たな仕組みだ。
もっとも、この支援金は独立した税として徴収されるわけではない。2026年度から公的医療保険料に上乗せされる形で導入され、会社員や自営業者、年金受給者など、医療保険加入者が保険制度を通じて負担する。負担額は所得や加入する保険制度によって異なるが、政府は1人当たり月数百円程度から始まり、制度拡充に伴って段階的に増やすことを見込んでいる。
こうした批判が広がる背景は理解しやすい。多くの若者は、賃金の伸び悩みや不安定な雇用、生活費の上昇に直面し、結婚や家庭形成への不安を抱えている。そこに追加負担を求められることへの反発は根強い。批判する側には、「子どものいない人が、子どものいる世帯を支えるために負担を強いられる制度だ」と映っている。
誰が負担を担うのか
家族社会学と少子化問題を専門とする中京大の松田茂樹教授は、「独身税」という表現自体が誤解を招いていると指摘する。
松田氏はJAPAN Forwardの取材に対し、「この言葉は適切ではないと思う。独身者だけが負担するものではない」と語った。
同氏によれば、制度設計そのものが「独身税」という呼称の不正確さを示している。負担は社会全体で比較的小さく分かち合う形となっており、集められた財源は子どもや家庭への支援に充てられるためだ。
一方で、若者の不満には理解を示した。多くの若者は既に経済的な重圧を抱えており、自ら結婚や子育てを行うための安定した基盤を得る前に、その費用の一部負担を求められていると感じているからだ。
松田氏は「増税なしで子ども・子育て支援を拡充できれば理想的だ」とした上で、「ただ、その費用は誰かが負担しなければならない」と述べた。
核心は結婚数の減少
日本の少子化は、しばしば「夫婦が持つ子どもの数が減った問題」として語られる。しかし、松田氏は、それは一因ではあるものの、主因ではないとみている。
「学術的に言えば、未婚化の影響の方がはるかに大きい」。松田氏はこう指摘する。
同氏によると、人口動態研究では、1970年代以降の日本の出生率低下をもたらした最大の要因は未婚化の進行だとされる。出生率低下の約8割以上が「結婚する人の減少」によるもので、夫婦が持つ子どもの数の減少による影響は約2割以下にとどまるという。
松田氏は、日本人が結婚という制度そのものを否定するようになったわけではないとみる。むしろ、「結婚したい」と考えながらも、それを実現しにくくなっている若者が増えていると分析する。
第一の理由は経済面だ。1990年代のバブル崩壊以降、多くの若者が不安定な雇用や賃金の伸び悩みに直面してきた。松田氏は、日本はG7諸国の中でも賃金停滞が長期化した特異な国だと指摘する。
第二の理由は、日本特有の文化的変化にある。長期的なパートナーと出会う機会が減っていることだ。かつて日本では、多くの夫婦が職場を通じて出会った。「職場結婚」と呼ばれる形態である。しかし、職場での人間関係の変化に伴い、そのルートは縮小した一方、代わりとなる出会いの形が十分には定着しなかった。
また、日本にはかつて、見合い文化もより強く根付いていた。松田氏によれば、団塊世代では結婚の約半数が見合いや半見合いだったという。現在では、その割合は1割未満に低下した。見合いに代わって一時は職場結婚が機能していたが、それもまた弱まっている。
結婚前段階への支援を
政府はこれまで、子どもが生まれた後の家庭支援を拡充してきた。しかし松田氏は、結婚や出産に至る前段階への支援強化も必要だと指摘する。
同氏によれば、政府も既にその方向へ動き始めている。若者向けの雇用支援や賃上げ政策に加え、自治体が実施する結婚支援・マッチング事業への補助、「仕事・結婚・家庭」を考えるためのライフデザイン教育などがその例だ。
ただ、松田氏は、現状の支援では根本的な問題を変えるには不十分だとみている。
「出産前段階への経済支援は依然として限定的だ」と述べたうえで、非正規雇用の若者が安定した職に移れるよう支援することや、若年層の所得引き上げ、出会いの機会拡大、結婚生活を始める際の住宅費・生活費負担の軽減などを、さらに強化する必要があると訴える。
未婚化が少子化最大の要因である以上、政策もまた、出産後ではなく、その前段階で「結婚し、家庭を築くこと」をより現実的な選択肢にしていく必要がある。
経済的支援だけでは解決せず
松田氏は、経済的支援の重要性を否定しているわけではない。むしろ、そうした支援なしに出生率の回復は難しいとみている。ただ同時に、「金だけでは十分ではない」とも強調する。
その難しさを示す例として挙げたのがシンガポールだ。同国では、2010年に年間20億シンガポールドル(約2500億円)規模の「結婚・子育て支援パッケージ」を打ち出すなど、長年にわたり手厚い家族政策を続けてきた。それでも、政府統計によると、2025年の合計特殊出生率(速報値)は0.87まで低下した。
松田氏は、日本の少子化は「単一の原因に帰着できる問題ではない」と指摘する。経済的不安定さや長時間労働、仕事と子育ての両立の難しさ、女性がキャリアを継続しにくい職場環境、さらには専業主婦であっても抱えがちな孤立感や負担感など、複数の問題が複雑に絡み合っているという。
その結果として、日本の若者にとって「結婚し、子どもを産み育てること」が以前にも増して難しいものになっていると分析している。
子育て支援の「死角」
現在の支援策を巡っては、「誰が恩恵を受けているのか」という点にも見落とされがちな問題がある。松田氏は、日本の保育制度や育児休業制度は、一部では世界最高水準に達していると評価する一方、その恩恵は主に、夫婦ともに正社員として働く共働き世帯に集中していると指摘する。
非正規雇用やパート労働者は、依然として育児休業を取得しにくい状況にある。また、専業主婦世帯では、0〜2歳児向けの保育支援を十分利用できないケースが少なくないという。
政府も、保護者が就労していなくても一定時間、子どもを保育サービスに預けられる「こども誰でも通園制度」の導入などを通じ、こうした課題への対応を進め始めている。
ただ松田氏は、これまで十分に支援が行き届いてこなかった層への施策は、なお不十分だとみている。
都市部と地方で異なる課題
松田氏は、日本の少子化問題を考えるうえでは、地方と都市部の課題を分けて捉える必要があると指摘する。
地方で最大の問題となっているのは、若者が東京など大都市圏へ流出していることだ。若年層が地域を離れれば、将来親となる世代そのものが減少する。加えて、地方では雇用機会が限られ、賃金水準も低いという課題を抱えている。
松田氏は、地方再生には、若者が地域にとどまれるだけの賃金水準を伴った雇用を創出することが最優先だと強調する。
一方、都市部では別の障壁が存在する。人口密集地域では保育サービスが不足しがちで、住宅価格や家賃も高騰している。そのため、若い夫婦が子育てに適した住環境を確保することが難しくなっている。
問われる政府の説明力
少子化対策への反発を和らげるために、政府が最も改めるべき点は何か。そう問われた松田氏の答えは明快だった。「説明」である。
松田氏によれば、日本の子ども・子育て政策は近年、大幅に拡充されてきた。しかし、多くの人々は、どのような支援が利用できるのか十分に理解していない。制度を知らなければ、若者が安心感を抱くこともできないという。
さらに政府には、なぜ社会全体で子どもを支える必要があるのかを丁寧に説明する責任があると指摘する。
松田氏は、「次世代がいなければ、日本社会は社会保障制度も経済も維持できない」としたうえで、「子どもは社会全体の宝であり、みんなで支えていくための制度だ」と強調した。
筆者:ダニエル・マニング(産経新聞)
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