養蚕農家の2階にずらりと並ぶ回転蔟。枠で仕切られた小部屋1つに蚕1頭が入り、糸を吐き繭玉になる=群馬県富岡市(鴨川一也撮影)
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世界遺産「富岡製糸場」がある群馬県は今も、繭の生産量約4割を誇る養蚕の一大産地だ。
富岡市の農家、浅井広大さん(37)は廃業した養蚕農家の住宅に移り住み、蚕を飼育している。
目、鼻、耳⋯五感を使う蚕の飼育
毎年5月に飼育を開始。孵化後、桑の葉を食べ続けた蚕は25日ほどで繭を作るようになる。そのタイミングで「回転蔟(まぶし)」という「部屋」が並んだ道具に蚕を移動させる。

浅井さんは春から秋にかけ養蚕を5回行い、1年に繭玉約800キロを出荷する。繭はその後、製糸工場で国産の生糸に紡がれる。
浅井さんが養蚕と出合ったのは20代のころ。研修先の「師匠」が五感を駆使して、蚕の世話をする姿に憧れた。

蚕が桑をはむ音を聴く。体色を見る。尿のにおいを嗅ぐ。硬さを感じる。全身で蚕の体調や生育段階を見極める。浅井さんは「頑張った分だけ蚕が大きな繭をつくってくれる」と養蚕の魅力を語る。
浅井さんは1回に約10万頭を育てる
「国内の蚕糸業が消えるかも」
かつて輸出品として日本経済を支えた生糸。戦後は昭和40年代をピークに、海外産との価格競争などが原因で繭生産量は減少に転じた。

国内の養蚕農家の減少も続く。一般財団法人「大日本蚕糸会」によると、その戸数は令和7年時点で113戸。そのうち70歳以上が3分の2を占め、大半には後継者がいないという。
蚕糸関係者が集まった3月のフォーラムでは「5年、10年で(国内の)蚕糸業が消えるかも」「国産生糸の製品を選んでもらう方策を」などと危機感を共有していた。


(右)富岡製糸場の繰糸機。操業停止当時の様子を見学できる
仲間を増やし産地を守る
「衰退産業だが、同時に可能性も感じる」と浅井さん。今では養蚕を志す研修生も受け入れ、「産地として仲間を増やし、質の良い繭玉を多く出荷していきたい」と伝統産業の未来を見据えている。

かつて国を豊かにしてくれた蚕。社殿や服飾品を新調する伊勢神宮の式年遷宮でも国産生糸が使われる。日本文化と切っても切れない蚕糸業が危機にひんしている。先人たちが築いた伝統をこれからも紡ぎ続けていけるだろうか。

筆者:鴨川一也(産経新聞写真報道局)
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2026年6月21日産経ニュース【探訪 ~Scenes~】を転載しています
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