日本の若者の声を世界に発信する「Ignite」。東日本大震災後、日米の協力と友情を基盤に誕生した「TOMODACHI イニシアチブ」の同窓生らが能登半島沖地震の被災地を視察、そこで感じた思いを綴ったエッセイを紹介します。
ignite-42 Keigo Konno

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日本の若者の声を世界に発信する「Ignite」の第42回は、東日本大震災をきっかけに誕生した日米の若者のリーダーを育成する日米の官民パートナーシップ「TOMODACHI イニシアチブ」の同窓生、名古屋大学大学院生(当時)、今野圭梧さんが、3月14と15の2日間、能登半島沖地震の被災地の視察プロジェクトを企画、参加した中で感じた思いを綴ったエッセイ「復興後の『同じ』と『違い』のはざまで」を紹介する。

今野圭梧さん(本人提供)

復興後の「同じ」と「違い」のはざまで

私は今回の能登プロジェクトには、運営として関わった。このプロジェクトはTOMODACHIが東日本大震災を契機に始まったという背景を踏まえ、震災から数年が経過した今の能登地域の現状を実際に目にする機会として企画したものだ。単に被災地の現状を知るというだけでなく、そこで生きる人々やその関係性に触れることで、「つながり」がどのように形成され、また変化していくのかを考える機会でもあった。

プロジェクトを支えたスタッフ全員で記念撮影 =JR金沢駅鼓門前

現地で特に印象に残っているのは、輪島市の棚田を管理する白米千枚田愛耕会の堂下真紀子さんの話だ。堂下さんは、震災直後の状況を「天国のようだった」と表現した。生活環境としては最も厳しいはずの時期に、なぜそのように感じられたのか。その理由は、人々が同じ方向を向き、自然とお互いが助け合っていたことにあるという。一方、堂下さんは復興が進むにつれて状況は変化し、行政と現場の考えの違いが表面化し、皆の向く方向が揃わなくなっていったことで、むしろその後の方が大変だったと語る。

この話を通じて、「同じ方向を向くこと」と「異なる価値観を持つこと」の関係について強く考えさせられた。震災直後のように、全員が同じ方向を向くことで生まれる強い連帯や安心感がある一方で、それが長期的に続くと閉鎖性や停滞につながる可能性もある。実際に堂下さん自身も、一度地元を離れた経験を経て、外の視点を持った上で再び地域に関わることを選んだ。そのプロセスには、「違い」を取り入れることの価値が表れているように感じた。また、一般的に多様な背景を持つ人々が集まることで、新たな価値や高い成果が生まれる可能性がある一方で、その過程では摩擦や不確実性も避けられません。価値観の違いは創造性の源泉であると同時に、分断のきっかけにもなり得る。だからこそ、「どこまで同じであるべきか」「どこまで違っていてよいのか」という問いは、単純に割り切れるものではないと感じた。

今回の経験を通じて強く意識するようになったのは、「つながり」は単に人と人が結びつくことそのものではなく、その関係性の中で生まれる緊張や揺らぎも含めた動的なものだということだ。震災という極限状況の中では、同じ方向を向くことで強い結びつきが生まれる一方で、時間の経過とともに多様な立場や考えが現れ、関係性は再び揺れ動いていく。その変化の中で、どのように関係を維持し、あるいは更新していくのかが問われているように感じた。

地震で倒壊したホテルは取り壊され、更地になっていた=石川県七尾市の七尾海岸近く

今後、向き合っていきたいのは、「同じ」と「違い」をどのように両立させるかという問いだ。特に、震災後のように人々が大きな負担を抱えている状況の中で、どのようにすれば可能になるのか。外部からの関わりは重要である一方で、支援する側とされる側という非対称な関係が固定化されてしまうことは、新たな負担を生むことにもつながりかねない。そうした状況の中で、対等な関係性をどのように築いていくのか。明確な答えはまだ見えていないが、今回の能登での経験を通じて得た問いそのものが、これから自分が関わっていきたいテーマを形づくっている。人とのつながりを起点に、そのあり方を問い続けていきたい。

筆者:今野圭梧(こんの・けいご)
埼玉県出身。名古屋大学大学院 理学研究科修了、現在は会社員
中学3年 英国・アスコットで2週間語学留学、オーストラリアに就学旅行
高校2年 米国に修学旅行
大学1年 オーストラリア・メルボルンで3週間語学留学&ホームステイ
大学4年 米国・ケンタッキー大で1年間交換留学
2022年  TOMODACHI住友商事奨学金プログラム9期生に参加

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