危機管理の専門家は、日本の観光業が真に持続的な強さを備えられるかどうかは、災害対策計画を訪日客支援へと結び付けられるかにかかっていると指摘した。
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渋谷のスクランブル交差点で公道カートを眺める訪日外国人観光客ら=東京都渋谷区(梶山裕生撮影)

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過去最高を更新する訪日客数は、日本の観光市場が真に持続的な強さを備えたことを示しているのか。それとも、その華々しい数字の裏で、地政学リスクや自然災害、一部有名観光地への過度な集中といった脆弱性が覆い隠されているに過ぎないのか――。観光立国を掲げる日本はいま、その実力を試されている。

日本は2025年、訪日外国人数が過去最多の4270万人に達し、初めて4000万人の大台を突破した。さらに2026年2月も、日中関係の緊張を背景に中国人観光客が大幅減となる中、月間訪日客数は約346万人と過去最高を記録した。

JTB総合研究所のコンサルタントとして観光危機管理に携わる髙松正人氏は、こうした数字について、日本のインバウンド市場が特定国への依存を弱め、混乱局面への適応力を高めつつある証左だとの見方を示す。

「脱中国依存」進む観光市場

「ある意味で、日本の観光業界は極めて強い回復力を示したと言える」。髙松氏は、JAPAN Forwardの取材にこう語った。

かつて圧倒的存在感を誇った中国市場が減速する中でも、「中国からの落ち込みは、他国からの増加によって相殺された」と指摘する。

こうした変化は偶然ではない。政治的緊張の高まりによって、中国市場が従来のように安定した訪日需要源ではなくなったことを受け、旅行業界は「これまでと同じ形では頼れなくなった」と認識。欧州や米国、アフリカ、中東などへの誘客強化を急速に進めた。

さらに、中国からの予約減少は宿泊価格の高騰圧力を和らげ、他地域からの旅行客にとって日本旅行をより手頃なものにした。円安も追い風となり、日本の魅力は一段と広範囲へ浸透した。

髙松氏は「旅行客の間で、日本は『費用対効果が高い渡航先』との認識が強まっている」と分析する。

新型コロナ禍前、日本の観光業界は中国市場への依存度が極めて高かった。一時は訪日客全体の3割超を中国人観光客が占めていたが、髙松氏は当時から、その構造には大きなリスクが伴っていたと振り返る。

「どの業界でも同じだが、一つの市場に依存し過ぎれば、そこで問題が起きた際、事業全体が大きな影響を受ける」

もっとも、近年は中国依存の低下によって、日本の観光産業はむしろ安定性を増している可能性がある。他地域からの訪日客が増えたことで全体のバランスが改善し、リスク分散も進んだからだ。

髙松氏は「その意味では、結果として良い方向へ進んだと言える」との見解を示した。

「オーバーツーリズム」再考の必要性

観光市場の多様化による恩恵は、単なる訪日客の出身国分散にとどまらない。髙松氏によれば、中国人観光客は大量に訪れる一方、滞在期間は比較的短く、多くが東京―箱根―京都を巡る定番の「ゴールデンルート」に集中していた。

これに対し、欧州や中南米からの旅行客は2~3週間、場合によってはそれ以上滞在することも珍しくない。

髙松氏は「遠方から来る旅行客ほど長期滞在する傾向があり、その分、地方の小規模都市を訪れる機会も増える」と説明。「その意味で、市場の多様化は地方に実質的な利益と新たな可能性をもたらす」と語った。

また、髙松氏は「オーバーツーリズム(観光公害)」を巡る議論についても、多くの論者より冷静な立場を取る。

京都や富士山など人気観光地への負荷増大は認めつつも、「問題は特定の場所、特定の時間帯に集中しているケースが多い」と分析する。

訪日客で混み合う京都=1月27日

髙松氏は「本当に365日24時間、常にその状態なのか」と問いかけた。

京都でも、深刻な混雑は京都駅周辺や清水寺、嵐山など一部エリアに限られると指摘。「それ以外の地域では、むしろ『もっと観光客に来てほしい』という声もあるだろう」と述べた。

その上で、髙松氏はオーバーツーリズムを「制御不能な危機」と捉えるべきではないと強調する。課題は、観光客を最も混雑する場所や時間帯、季節へ過度に集中させず、いかに分散させるかにあるという。

災害計画の「空白」

日本の観光業が今後直面する最大の試練は、むしろ災害対応力かもしれない。日本は安全で利便性の高い国として知られる一方、地震や台風、津波、火山活動が頻発する自然災害大国でもある。

髙松氏は、日本の住民向け防災体制について「世界でも最先端水準だ」と高く評価する。

「全ての自治体が独自の防災計画を持つ国は、恐らく他にない」と指摘。「人口1000人未満の村でさえ計画を整備している」と語った。

もっとも、そうした仕組みの多くは、あくまで住民を前提として構築されている点に問題があるという。

髙松氏は「旅行客、とりわけ外国人旅行客への対応という点では、日本は十分準備できているとは言えない」と警鐘を鳴らす。

その上で、「多くの防災担当者や専門家にとって、旅行客――まして外国人旅行客は、依然として想定の外に置かれている場合が少なくない」と指摘した。

ハワイに学ぶ観光危機管理

髙松氏は、日本が参考にすべき事例として米ハワイ州を挙げる。観光業が州経済の根幹を成しているため、観光当局は危機対応の中枢に組み込まれているという。

災害発生時には、州知事と観光当局トップが同じ緊急対策センターに入り、迅速な意思決定を行う体制が整えられている。

髙松氏はさらに、観光客支援団体「VASH(Visitors Aloha Society of Hawaii)」にも注目する。これは、日本に欠けている「訪問客支援文化」の象徴的存在だという。

VASHは、大規模災害時だけでなく、日常的なトラブルにも対応する。例えば、観光客のレンタカーが車上荒らしに遭い、旅券やクレジットカード、現金を失った場合でも、帰国できるまで実務的支援を提供する。

また髙松氏は、この組織がハワイ特有の民間主導・市民参加型文化に根差している点も重要だと指摘する。

同氏によれば、VASHには地元財界人も多数参加しているが、メンバーには「会社の会議よりも、困窮した観光客支援を優先する」姿勢が求められているという。

「安全」から「安心」へ

問題は単なる身体的安全の確保だけではない。髙松氏は、日本語の「安全」と「安心」の違いを強調する。

「日本は『安全』を提供することには長けている。しかし、『安全』と『安心』は全く別物だ」

髙松氏は、2024年の能登半島地震当時、被災地には多数の観光客が滞在していたが、負傷者は出なかったとことを例に挙げ、「命を守ること自体はできる。だが本当に難しいのは、帰宅手段を失った旅行客や、携帯電話が使えず、何が起きているのか分からない状態に置かれた人々を、どう支援するかだ」と指摘した。

特に外国人観光客にとって、「安心」を左右する最大の要素は情報アクセスだと髙松氏は強調する。

「言葉の通じない日本まで旅行しようと決める人々は、大人であり、自分で理解し判断する能力を持っている」と説明。

その上で、「問題は、行動を判断するために必要な情報が届いていないことだ」と指摘した。

著者:ダニエル・マニング(JAPAN Forward記者)

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