津波に襲われ、壊滅的な被害を受けた陸前高田=平成23年3月13日、岩手県陸前高田市
This post is also available in:
「今後30年以内に南海トラフ巨大地震が発生する確率は70~80%」――。広く知られるこの数字は一見、精緻な予測に映る。しかし、長年にわたり南海トラフ沿いの地震・津波の履歴を研究してきた東京大地震研究所の佐竹健治名誉教授は、「必ずしもそうではない」と指摘する。
佐竹氏はJapan Forwardのインタビューで、この数値は過去約1000年間に繰り返し発生した約10回の巨大地震の記録に基づいて算出されたものだと説明した。発生間隔は平均すると約90~150年に及ぶ。
研究者は、この歴史データを基に30年以内の発生確率を導き出すため、異なる二つの統計モデルを用いている。しかし、両者の結果には大きな開きがある。
佐竹氏は「一方のモデルでは60~90%、あるいはそれ以上という結果になるのに対し、もう一方では10~50%にとどまる」と説明。「どちらのモデルがより信頼できるかはなお結論が出ていない。そのため、数値に大きな差があるにもかかわらず、双方の推計結果を公表している」と語った。
毎回異なる地震の発生パターン
予測に幅が生じる背景には、南海トラフ巨大地震の発生様式が過去に一定していないことがある。
直近では1944年と1946年、巨大地震が2年の間隔を空けて相次いで発生した。その前の1854年には、二つの巨大地震がわずか2日違いで起きている。さらにさかのぼる1707年には、南海トラフ全域が一度に破壊される宝永地震が発生した。
佐竹氏は「発生パターンは毎回少しずつ異なる。現在の科学では、次にどのパターンになるのかは分からない」と語る。こうした不確実性が、発生確率の推計に大きな幅を生じさせる一因となっている。
この予測の難しさは、日本が導入した新たな警戒制度「南海トラフ地震臨時情報」にも反映されている。2024年の日向灘を震源とするマグニチュード7級の地震を受け、初めて発表された。
佐竹氏によると、マグニチュード8級の地震が発生し、南海トラフの半分が破壊された可能性が高いと判断された場合、政府はより高い警戒レベルの臨時情報を発表する。過去の記録では、残る半分の領域が2日後から2年後までの間に続いて破壊された例が確認されているためだ。
一方、マグニチュード7級の地震では、より低いレベルの注意情報が発表される。巨大地震に発展する可能性は平常時より高まるものの、その確率は限定的と判断されるためである。
「最悪」を前提とした防災へ
佐竹氏によると、2011年の東日本大震災は、日本の地震発生確率の算定方法と被害想定の考え方を大きく転換させた。
震災以前は、発生確率の推計は主として文献に残る歴史地震の記録に基づいていた。しかし震災後は、文書記録が存在しない時代の巨大地震も把握するため、津波堆積物をはじめとする地質学的な証拠を取り入れるようになった。年代の特定には一定の不確実性が残るものの、より長期的な地震履歴を反映させる狙いがある。
被害想定も「最悪のケース」を前提とする考え方へと改められた。
現在は二段階の防災戦略を採用している。
「レベル1」は、数十年以内の発生が想定される地震を対象とし、防潮堤などのハード整備を中心に、人命と財産の双方を守ることを目指す。
これに対し、「レベル2」は数百年に一度規模の巨大地震を想定する。東日本大震災もこれに該当し、こうした災害から全ての住宅を物理的に守ることは現実的ではないため、最優先は人命の確保となる。
佐竹氏は「重要なのは避難場所を確保し、病院や学校、市町村役場などの重要施設をより安全な場所へ移転させることだ」と指摘する。最悪の事態に備えて海岸線全体を防御するのではなく、被害を前提に命を守る防災へと軸足を移しているのである。
古文書が伝える巨大地震の教訓
こうした防災計画には、歴史研究の成果が直接生かされている。
佐竹氏はその代表例として、869年の貞観地震を挙げる。この地震は現在の発生確率モデルに組み込まれているほか、当時の津波が残した堆積物は、発生頻度は低いものの甚大な被害をもたらす巨大津波のハザードマップ作成の基礎資料となっている。
こうした歴史資料や地質学的証拠が重要視されるのは、近代的な観測機器による地震データの蓄積が数十年程度しかないためだ。
佐竹氏は「それ以前の地震は、歴史文書や地質データなしには研究できない」と語る。
進む備え、予測には限界も
佐竹氏は、日本が「地震対策先進国」と評価されるのは当然だとしつつも、「万全ではない」と強調する。
東日本大震災以降、東北地方の防災体制は大きく改善され、日本として現実的に取り得る対策は着実に進められてきたという。
その上で、日本ならではの特徴として二つの取り組みを挙げた。
一つは、南海トラフや首都直下地震など主要な震源域・活断層について、新たな知見が得られるたびに、おおむね10年ごとに被害想定を見直していることだ。
もう一つは、全国規模の防災訓練を毎年実施し、過去の災害の記憶を風化させない取り組みである。
1923年の関東大震災が発生した9月1日は、毎年「防災の日」と定められている。
佐竹氏は「日本人に関東大震災がいつ起きたか尋ねれば、多くの人が9月1日と答えるだろう。100年以上たった今なお、その日付が記憶され続けていることは驚くべきことだ」と語った。
一方、南海トラフ巨大地震が富士山噴火を誘発するとの見方については、1707年の宝永地震の際に実際に富士山が噴火した事実を挙げ、「同様の事態が再び起きる可能性は否定できないが、決して確実ではない」と慎重な見方を示した。
また、「東日本大震災15年分の被害が1日に集中する」といった被害想定についても、将来を断定した予測ではなく、2011年以降に日本が採用した「最悪の事態を前提とする防災思想」を反映したシナリオにすぎないと説明した。
「科学的な備え」が世界共通の課題
佐竹氏は、地震への備えが十分とはいえない海外の地震多発地域にも教訓は当てはまると訴える。
巨大なプレート境界地震は日本だけの問題ではない。環太平洋火山帯(リング・オブ・ファイア)はもちろん、インドネシアなど世界各地で発生する可能性がある。
「それぞれの国が、自国ではどのような地震が起こり得るのかを科学的に調べる必要がある。そして、そのリスクを政府と研究者が国民に分かりやすく伝える責任がある」
佐竹氏はそう語り、科学的知見に基づく備えとリスク共有こそが、災害被害を最小限に抑える第一歩になるとの考えを示した。
筆者:ダニエル・マニング(JAPAN Forward記者)
This post is also available in:

