『ポケットモンスター 赤・緑』が発売されてから今年で30年。株式会社ポケモンの石原恒和社長が「仮想と現実を交差させることで遊びの形を広げたい」と哲学を語った。
「ポケパークカントー」の「ポケモンフォレスト」にいるピカチュウ=東京都稲城市(鴨川一也撮影)
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ゲームソフト『ポケットモンスター 赤・緑』が1996(平成8)年2月に発売され、今年で30年。今や「ポケモン」は、世界中で愛される唯一無二のブランドとなった。ゲームを軸に、アニメやカードといった多彩な媒体で展開し、現在は子供の教育など公的な役割も担おうとしている。ブランド管理を行う株式会社ポケモンの石原恒和社長は「仮想と現実を交差させることで遊びの形を広げたい」と哲学を語る。
新しい『遊び』
「実現すれば、これまでにない『遊び』が生まれる」-。その思いが原動力だった。
『赤・緑』が目指したのは、ゲームボーイの通信ケーブルを介して「それぞれが捕まえたポケモンを交換する」という、仮想と現実が交差する遊びの形だ。ただ、技術的な問題から、当時は半年~1年程度が一般的だった開発に6年を費やし、発売時には既にゲームボーイの旬が過ぎていた。
それでも新しい遊びの可能性を信じ、雑誌「コロコロコミック」で実施した幻のポケモン「ミュウ」のプレゼント企画などが起爆剤となり、社会現象ともいえる大ヒットへとつながっていった。
筆者:三宅令(産経新聞)
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