米軍普天間飛行場の移設先として工事が進む沖縄県名護市辺野古の沿岸部=2023年5月(共同)
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日米両政府が米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設を条件とした全面返還に合意してから、4月12日で30年が経(た)った。
当初は5~7年以内の返還を目指すとしていたが、いまだに実現していない。極めて残念である。
原因の一つは、名護市辺野古への移設に沖縄県が反対してきたことだ。
日米同盟の抑止力を保ちつつ、住宅密集地にある普天間飛行場がもたらす危険性を除くには、辺野古移設が唯一の解決策だと日米両政府は何度も確認してきた。

これは国の外交安全保障政策に属する問題だ。地方自治体の県が覆そうとするのは間違っている。玉城デニー知事は反対を取り下げ、辺野古移設による早期の普天間返還を目指すべきである。
返還合意は1996年4月12日、当時の橋本龍太郎首相が実現した。11年に辺野古移設の方針が閣議決定されたが、工法などを巡り県や名護市との協議が難航し、計画は遅々として進まなかった。
21年発足の民主党の鳩山由紀夫政権の責任も大きい。辺野古案を白紙に戻し、県外の移設先を見つけようとしたが迷走の末断念した。日米の同盟関係を動揺させた愚かな行動だった。

民主党政権が倒れてからも県側の強硬な反対姿勢が続いた。27年に翁長雄志知事(30年死去)が辺野古沖の埋め立て承認を取り消し、国と県が相次いで提訴する法廷闘争に陥った。県が全面敗訴したが、後継の玉城知事も承認を拒み、移設工事は大幅に遅れている。
県は、反対派の危険な抗議活動に十分な安全対策を講じることもなかった。今年3月には反対派が運航する船2隻が辺野古沖で転覆し、乗っていた高校生ら2人が死亡した。

この30年間で日本を取り巻く安全保障環境は厳しさを増すばかりだ。中国は大軍拡を進め、尖閣諸島(石垣市)周辺で領海侵入を繰り返している。台湾有事の懸念も高まっている。沖縄を含む日本を守り抜く上で辺野古移設の実現は重要だ。
高市早苗首相は昨年10月、就任後初の所信表明演説で「一日も早い全面返還を目指し、辺野古への移設工事を進める」と述べた。県が協力に転じれば返還の実現は早まるのである。
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2026年4月12日付産経新聞【主張】を転載しています
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