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【永遠の北斎】「冨嶽三十六景」と江戸の名所にみる新しい表現の探求

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葛飾北斎は、勝川派に入門し、勝川春朗を名乗っていた時代から名所絵を手がけ、特に晩年の名作「冨嶽三十六景」は北斎の代表作として世界的に知られている。北斎は同作に続き、天保期(1830〜44)には「諸国名橋奇覧」「諸国瀧廻り」といったさまざまなシリーズを盛んにてがけた。こうした一連の作品の中で、北斎が描いた地域について考えてみると、例えば「冨嶽三十六景」では、富士山がよく見える甲斐や駿河といった国が多く選択されているし、「諸国〜」と題された作では、その対象は広く日本全国に向けられていることがわかる。

 

図1 葛飾北斎「冨嶽三十六景 穏田の水車」太田記念美術館蔵

 

図2 葛飾北斎「冨嶽三十六景 武州千住」太田記念美術館蔵

 

逆に北斎はこの時期の作品で、生まれ育った江戸市中をどれくらい題材として選んでいるのか、ということを考えてみると、その数は意外に少なく、例えば「冨嶽三十六景」では全46図中17図で約3分の1にとどまる。また江戸の中でも、「隠田の水車」(図1)や「武州千住」(図2)など、名所とはとても言えない場所をあえて選んでいる図が目につくことも大きな特徴である。北斎以前の浮世絵ではこうした例は珍しいが、これは富士をいかに斬新な構図で描くかという北斎の作画目的が、定番の名所を定番の視点で描くという、従来の名所絵の概念から大きく逸脱していたことにもよるのかもしれない。

 

さて「冨嶽三十六景」には、こうしたマイナーな場所だけでなく、浮世絵に伝統的に描かれてきた定番の名所も、少ないながらもいくつかは取り上げられている。ここではその中から、北斎が若い頃に描いた江戸の名所絵と、「冨嶽三十六景」で日本橋、両国という同一の場所を描いた当館所蔵の作例を並べることで、北斎が定番の名所を描く際、自身の作品にどのような工夫を加えたのかを少し考えてみたい。

 

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図3 葛飾北斎「新板浮絵日本橋肴市繁昌之図」太田記念美術館蔵

 

図4 葛飾北斎「冨嶽三十六景 江戸日本橋」太田記念美術館蔵

 

図3は北斎が文化期(1804〜18)頃に描いた「新板浮絵日本橋肴市繁昌之図」。この時期によく見られる、紅を基調とした名所絵で、俯瞰視点で日本橋界隈を描く。手前に江戸橋と雑踏がちらりと見えた構図が面白く、画面やや奥に日本橋を、右には橋の北詰にあった魚市の様子を描いている。当時の喧騒が伝わってきそうな力作だが、手法としては当時の名所絵によく見られるオーソドックスな様式を採用している。対して図4は「冨嶽三十六景」の一図「江戸日本橋」。北斎は大胆に一点透視図法を用い、手前に日本橋の一部を配し、遠景に江戸城を望むという印象的な構図としている。図3で手前に描かれた江戸橋に似た描写が、本図では日本橋に見られるのが面白い。一点透視図法自体は、浮絵などに伝統的に見られるもので、必ずしも新しい趣向ではないが、全体としては俯瞰の手法を用いた図3とは大きく異なる、印象的な作品にまとめている。

 

図5 葛飾北斎「江都両国橋夕涼花火之図」太田記念美術館蔵

 

図6 葛飾北斎「冨嶽三十六景 御厩川岸ゟ両国橋夕陽見」太田記念美術館蔵

 

続いて図5は北斎が春朗時代の天明期(1781〜89)頃に描いた「江都両国橋夕涼花火之図」で、当館所蔵のものは文化文政期以降の後摺と推定されるもの。北斎はやや俯瞰の視点から両国橋と、橋の西のたもとに広がる両国広小路を描いている。遠近感も自然で、人々の賑わいや橋下を行き交う船なども巧みに描かれた佳作だが、描き方としては当時行われていた名所絵の範疇をでるものではない。図6は「冨嶽三十六景」の一点「御厩川岸ゟ両国橋夕陽見」。同じ両国橋を題名に付した作だが、北斎は橋の南側の水上に浮かんでいた渡し舟から、遠景にシルエットで両国橋を望むという、従来とは全く異なる斬新な視点を採用している。渡し舟にはさまざまな人物が描かれ、単なる風景画にとどまらないドラマをも感じさせる秀作となっている。

 

ここで取り上げたいくつかの例からは、北斎がなるべく定番の場所や描き方を避けたことはもちろん、自らが過去に手掛けた作品と同じ場所を描く際にも、構図などを踏襲することなく、常に新しい表現を模索し、工夫を繰り返していた制作姿勢が改めてうかがわれるのではなかろうか。

 

筆者:渡邉晃(太田記念美術館 上席学芸員)

 

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