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女性選手の運命翻弄する権力

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モントリオール五輪(1976年)の女子体操競技で「10点満点」を7回も出し、“ルーマニアの白い妖精”と呼ばれたナディア・コマネチさんの故郷を13年前に訪れたことがある。天才を生む土壌を見たくて、首都ブカレストで行われた北大西洋条約機構(NATO)の会議取材後、北東部オネスティへタクシーを5時間飛ばした。

 

コマネチさんは母国の独裁者、チャウシェスク大統領が89年に処刑される直前に米国に亡命。生臭い空気が漂う故郷の市場の一角には、漬物店「コマネチ商店」を営む父ゲオルゲさん(当時74歳)の姿があった。彼は娘の亡命劇について「私たちに(亡命)計画を話さず突然姿を消し、悲しんだ」と心境を吐露した。

 

チャウシェスク政権時代、国威発揚の道具として政治利用されたあげく、チャウシェスク氏の次男に言い寄られたり、秘密警察「セクリターテ」の監視が厳しくなったりしたことが亡命の背景にあったといわれる。ただ、苦しい冷戦末期、彼女が故郷を捨てた事実に変わりなく、「今も娘に厳しい視線を向ける人がいる」と話すゲオルゲさんの悲しげな表情が印象に残った。

 

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人生山あり、谷あり、とはいえ、強権的な国家権力に運命を翻弄されることほど耐え難いことはないだろう。今年夏の東京五輪でベラルーシ陸上女子代表だったクリスツィナ・ツィマノウスカヤさんも、コーチとの内紛の末、母国のルカシェンコ政権の弾圧を恐れ、ポーランドに逃れた。

 

中国女子テニスの彭帥(ほう・すい)さん(35)も最近、張高麗(ちょう・こうれい)前副首相から性的関係を強要されたと告発した後、身の安全が懸念される事態となっている。

 

中国女子テニスの彭帥さん

 

強権国家の大幹部が相手だけに、中国外務省が騒ぎの火消しに走ったのは当然といえた。ところが、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長らが彭帥さんとのビデオ通話をもとに、「無事」を一方的に“宣言”したことに世界中が驚いた。北京冬季五輪を実現させたい中国政府の情報戦に引っ掛かったか、五輪マネー損失を恐れたIOCの積極行為か。彼女の発言が監視下にあったのは自明なのに、IOCは当局批判もせず、彼女の事態改善に向け「人間的アプローチをとった」と臆面もなく、自賛さえした。

 

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IOCの鈍感さとは裏腹に女子テニス協会(WTA)は「中国でのWTA大会中止」を発表した。往年のスター選手、マルチナ・ナブラチロワさんは「(WTAは)勇敢な姿勢を示した。私たちは$(お金)より原則を優先し世界中の女性、特に彭帥のために立つ」と声を上げた。同じくクリス・エバートさん、男子世界ランク1位のノバク・ジョコビッチ選手も賛同した。

 

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ドイツの選手団体「アスリート・ドイツ」は6日、IOCに対し、彭帥さんが安全であることの証拠の提示、独立機関による調査を要求した。米下院も、ジェニファー・ウェクストン民主党議員とマイケル・ウォルツ共和党議員が提出したIOC非難決議を可決した。世界の批判の矛先は今や、IOCにも向く。IOCは、彭帥さん以上に、北京に顔を向けていると国際社会が肌で感じていることの深刻さを胸に刻む必要がある。

 

米英豪などは相次いで北京五輪の「外交的ボイコット」に踏み切った。香港や新疆(しんきょう)ウイグル弾圧だけでなく、彭帥さん事件が影響したのは間違いない。彼女の窮状解決に進展が見られなければ、非情な環境を強いている中国政府に対し、冬季五輪選手までが一斉に異論を口にしかねない。

 

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筆者:黒沢潤(産経新聞)

 

 

2021年12月14日付産経新聞【スポーツ茶論】を転載しています

 

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