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慰安婦問題を扱った映画をめぐる法廷闘争 問われる日本の大学の研究倫理

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新型コロナウイルスによる緊急事態となるまで、北米や欧州各地で上映されていた慰安婦問題の映画がある。

 

『主戦場-The Main Battleground of the Comfort Women Issue(慰安婦問題の主戦場)』というタイトルの映画だ。問題を深く掘り下げ、対立する主張の隠された意図を明らかにすることにより、慰安婦は売春婦か性奴隷か、自らの意思によるのか強制連行か、日本政府は慰安婦に謝罪する法的責任があるか否か-などの終わりなき論争に終止符を打つと謳っている。

 

確かに、映画は、こうした問題を取り上げていた。しかし、慎重に調べて制作されたものではなかった。というのも、この映画の制作方法と内容をめぐり、一部の出演者が共同声明を出し、訴訟を起こす事態となっている。その一連の過程で、日本の最も著名な私立大学における研究倫理と大学院生への指導の在り方が厳しく問われている。

 

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「歴史修正主義者」の出演者たち

 

7人の映画出演者が2019年5月30日に発表した共同声明によると、2016年5月から2017年2月にかけて、東京にある上智大学グローバル・スタディーズ研究科の大学院生だったノーマン・ミキネ・出崎氏(出崎幹根。映画の公式プログラムではミキ・デザキ)は、8人の「歴史修正主義者」(同氏の表現)のコメンテーターたちに接触し、研究の一環として映画制作をするためだとしてインタビューの要請をした。

 

8人は、加瀬英明(外交評論家)、ケント・ギルバート(カリフォルニア州の弁護士、テレビタレント)、櫻井よしこ(ジャーナリスト)、藤岡信勝(新しい歴史教科書をつくる会)、藤木俊一(テキサス親父日本事務局事務局長)、トニー・マラーノ(テキサス親父)、山本優美子(なでしこアクション)、杉田水脈(衆議院議員)の各氏だった。出崎氏は、彼らに、修士課程の卒業制作として大学に提出するドキュメンタリーを作るためにインタビューを行うこと、これは公正で中立的な学術研究であり、偏ったジャーナリズム的なものにはならないことを告げた。 彼の言葉を信じて、8人は快くインタビューに応じたという。

 

ところが、信じられないことに、8人のインタビューは映画『主戦場』に使われ、2018年10月7日、韓国の第23回釜山国際映画祭を皮切りに、世界各地で商業映画として上映されてきた。日本国内でも2019年4月20日に東京・渋谷の映画館で一般公開が始まり、2020年1月24日までの9カ月間、異例のロングラン作品となった。2019年に 60以上の国内の映画館に加え、韓国で50カ所、米国の15の大学のほか、ドイツやイギリス、オーストリア、フランス、スイス、イタリアでも上映された。

 

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訴訟

 

インタビューを受けた8人のうち7人は2019年5月30日、『主戦場』の上映差し止めを求める共同声明を発表した(杉田水脈氏は声明に加わらなかった)。それに引き続き、2つの訴訟が2019年に起こされた。

 

2019年6月19日、まず5人がデザキ監督と映画配給会社の東風を相手取り、『主戦場』の上映差し止めと損害賠償を求める民事訴訟を起こした。続いて、10月4日には、2人が、許可なしにユーチューブに動画が使われ、肖像権が侵害されたとして訴訟を起こした。原告側は、映画制作者側が、彼らのインタビューに意図的な編集を加え、慰安婦が「強制的にリクルートされたセックス・スレーブ(性奴隷)だ」という世界の歴史的見解に反対する「否定主義者」であるかのように印象操作するものだと非難した。短く編集された彼らの発言とは異なり、映画では実に、事前に決められた物語を支持する19人もの人が登場した。

 

さらに、原告5人は2019年8月、上智大学に対しても、研究倫理によって守られるべき研究協力者の人権を侵害しているとして、出崎氏と指導教官の中野晃一教授を告発した。

 

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研究倫理

 

10年以上前から日本の大学は「人を対象とする研究」に関するガイドラインを制定するよう要請されている。上智大学も例外ではなく、 2014年3月に大学独自の「『人を対象とする研究』に関するガイドライン」(2017年10月改定)を制定、施行した。

 

このガイドラインでは「人を対象とする研究に関する事前チェックシート」が規定されている。そこには研究の際に抵触してはならない24の設問が並び、そのうち1つでも「Yes」にチェックがついた場合は、学内倫理委員会による審査の対象となり得る。告発した5人によれば、出崎氏の研究は24項目中9項目が「Yes」 に該当するという。出崎氏の研究が審査対象となったことを示すものはない。

 

また、上智大学のガイドラインは、インフォームド・コンセントによって研究への参加に同意した場合であっても、後日これを撤回できると規定されている。それに基づき、上映差し止めの共同声明を出した杉田氏を除く7人は2019年10月、出崎氏の指導教官であった中野晃一教授(現・上智大学国際教養学部部長)に対して、研究参加への同意撤回書を提出し、インタビューのオリジナルと編集されたものを引き渡すか、廃棄するよう求めた。

 

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原告側は、騙されて研究に参加させられたと主張しており、この欺瞞の結果として損害を受け続けているとしている。

 

 

大学側の対応

 

告発を受け、上智大学は2019年9月、出崎氏の卒業制作と中野教授の指導に研究倫理違反があったかについて予備調査を開始した。 そして2019年12月18日、「嫌疑あり」として、調査委員会による本調査の実施を決定した。

 

『主戦場』の登場人物5人が民事訴訟を起こしたと知り、すぐに私は上智大学のウェブサイトで出崎氏と彼の卒業制作に関する情報を探そうとした。大学の規定により、修士論文を大学図書館に提出することが義務づけられているからだ。しかし、見つからなかった。そこで、大学院の学位授与者一覧で彼の名前を探したが、なかった。

 

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大学の研究倫理委員会に審査された研究計画書のリストも調べてみたが、そこにもなかった。

 

出崎氏の名前をいろいろな表記で入力したり、様々なキーワードを使ったりして、英語と日本語で検索してみたが、何の情報も得られなかった。

 

JAPAN Forwardのスタッフが上智大学に電話をして出崎氏について尋ねた。しかし、大学はプライバシーの規則を理由に、彼が大学院生だったと確認することさえしてくれなかった。

 

日本の大学は、文部科学省と審査機関から、大学に関することは全て文書化するよう要請されている。修士課程の卒業研究・制作も、人に関する分野についてはすべて審査され、オンライン上で公開されるはずだ。

 

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係争中の訴訟のために全記録がオフラインにされたのでない限り、なぜ出崎氏についての情報が何もないのか説明がつかない。

 

研究倫理について、出崎氏自身はどう認識していたのだろうか。それについて彼が語った場面を一つだけ見つけた。それは、2019年5月30日の上映差し止めを求める共同声明を受けて、6月3日に出崎氏側が行った記者会見の最後の数分間である。出崎氏がインタビューの相手と交わした文書は上智大学の「『人を対象とする研究』に関するガイドライン」の倫理規定に適合するのかと、『週刊金曜日』の記者が質問したのだ。

 

すると、出崎氏はこう答えた。人類学などの分野には、インタビューなど民族学的調査に関する倫理コードがあると思うが、(彼が在籍していた)グローバル・スタディーズにはない。倫理的な規則がなくても、私自身の学術的な研究としては、 文脈を外した、あるいは歪めたような表現をしてはいけないと思っていた。そんなことをしたら、間違いなく作品として批判されてしまうから、それを避けたかった。

 

 

学術的に見た『主戦場』

 

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『主戦場』が公開されて間もなく、私は1800円の入場料を払って渋谷の映画館へ見に行った。私は数週間かけて映画に登場する、または映画で言及される全ての人物について調べてみた。1930-40年代の日本の社会史を専門とする歴史家として、映画批評を書いてみたいと思った。いや、今も書きたいと思っている。したがって、ここではいくつか気が付いたことを指摘するにとどめたい。

 

控訴している側が指摘しているバランスを欠いた内容に加え、映画を見て、端的に言えば、冗長で浅薄だと感じた。映画は、視聴者の時間を長く使って、何の結末も与えなかった。一方で、出崎氏は、この問題についての重要な学術研究すらも取り上げていない。例えば、C・サラ・ソー著『慰安婦:韓国と日本の性暴力とポストコロニアルの記憶』(シカゴ大学出版局、2008年)、秦郁彦著『慰安婦と戦場の性』(新潮選書、1999年)といった代表的なものさえ、言及されなかった。

 

出崎氏は慰安婦問題について学ぶために映画を製作したと、いろいろな場で語っている。もし私が彼の指導教官だったら、この非常に複雑で論議を呼ぶ問題の歴史的政治的経緯を認識させるために、どんな指導をするだろう。まず慰安婦に関する過去の文献を読み込み、この問題の歴史的発展を調べてから、政治的社会的環境との相互関係を分析し、修士論文にまとめるように指導するだろう。その上で、もし映画を作りたければ、大学の名前や施設を使わずに作るように指示するだろう。

 

2019年6月3日の記者会見(上述)を聞いて、出崎氏は映画を制作した後も慰安婦問題の表面的な知識しか持っていないのだと感じた。彼は20万人の慰安婦がおり、その数は世界的に認められた史実だと繰り返した。しかし、20万という数はジャーナリズム的な記述ではよく見られるが、実際に慰安婦問題を調査した歴史家は同意していない。後者は、慰安婦と兵士の数の比率を基に慰安婦数の範囲を推定しており、20万のような一つの数は挙げていない。

 

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最後に

 

原告側は、上智大学での出崎氏の指導教官、すなわち出崎氏に大学の研究倫理ガイドラインを遵守させる責任を負っていたのは誰なのかを知るために、法的な発見プロセスを経ていくことを求められている。それは、中野晃一教授だった。

 

中野教授は現在、上智大学国際教養学部の学部長である。 それは彼が学内政治において力を持っていることを意味する。であれば、盗用あるいは外部機関からの研究助成金の不正使用でも証明されない限り、 たとえ研究倫理に関する手順が守られなかったという所見があっても、大学としては何ら実際的な行動をとらないかもしれない。今後はガイドラインを遵守するよう注意するだけかもしれない。

 

しかし、それは上智大学のみならず、日本の学術研究全体の評価も損なう、不幸なことである。

 

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欧米諸国の大学においても研究倫理違反は珍しいことではないが、日本で失敗や不祥事が起こると、英語メディアはそれを文化や制度的構造に起因するものとして、報道するのが常である。

 

だが、日本の研究は倫理欠如にあるというような誤解、偏見を許してはいけない。そのためには、日本で最も国際化が進んだ大学である上智大学こそが、規範を示すべきなのである。

 

[JAPAN Forwardは6月3日、上智大学にこの問題についてのコメントを求めたが、6月5日に上智大学からコメントできないとの回答があった。]

 

著者:アール・H・キンモンス博士(Dr. Earl H. Kinmonth)

 

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