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中国の情報統制で拡大する不信

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コロナウイルスと黄禍論

 

19世紀末の日清戦争後に、ドイツ皇帝ウィルヘルム2世(1859~1941年)が黄禍論を語って、ヨーロッパに警鐘を鳴らした。曰(いわ)く、黄色人種の力が白人を凌駕(りょうが)すると、世界に災いをもたらす脅威は増大するという。

 

この時の警戒すべき「黄色人種」は日本人や中国人を暗示していたが、時代とともに黄禍論の中身も少しずつ変質する。

 

近年では世界最大の独裁的指導者、習近平国家主席の進める「一帯一路」という巨大な政治経済政策に伴う中国の対外膨張を指すことが多い。最近では湖北省武漢市で発生したコロナウイルスによる肺炎が、世界中で猛威を振るうようになった現象とも結びつけるような形で再登場している。

 

中国を伝染病の根源とみなし、世界と人類に大きな脅威を与えかねないとみなす見解に根拠を提供しているシナ文明の何が問題であろうか。今回のコロナウイルスだけでなく、2002年末からSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行した前例から、感染症を産出する黄禍論が台頭している。

 

SARSの場合はハクビシンやネズミなどの野生動物を好んで食べる習慣のある広東省に発生源がある、との指摘は広く認められている。今回のコロナウイルスによる新型肺炎の場合は、まだその病原体の由来は完全に特定されていないが、湖北省などの人々が愛してやまないコウモリではないか、と医療関係者からの指摘がある。ハクビシンやコウモリなどを日常的に食する中国人を撮影した映像もあり、「奇妙な動物を食する黄色人種」というイメージの拡散に拍車をかけている。

 

コウモリを漢字では蝙蝠と書き、「遍福」即(すなわ)ち「遍(あまね)く福」と同音である。ハクビシンは「果狸」と記し、「過利」こと「過多の利益をもたらす」と解釈される。こうしたシナ文明独自の民俗的思想は科学的合理精神を特徴とする西洋近代文明とは相いれない。前近代的で、進歩と逆行すると批判される素材となっている。

 

 

事の真相分からない社会

 

前近代的な風習が定着している社会に対し、さらに不信感を抱かせているのは、独裁政権であろう。コロナウイルスは一種の生物兵器ではないか、との説まである。そうした流言の一因には中国の研究をめぐる不透明さもある。一昨年、中国人研究者が受精卵をゲノム編集した双子が生まれたと発表し批判が集まった。コロナウイルスの発生源とみなされている海鮮市場の近くに国立の生物学研究所が存在しているのも、疑心暗鬼の念を駆り立てたようだ。

 

情報公開を積極的に実施する民主主義国家と異なり、独裁国家の中国では事の真相は絶対に表に出てこない。何が原因で感染が拡大したのか。シナ文明のどこが前近代なのか。そうした普通の議論が許されないので、「奇怪な黄色人種」イメージが増幅されている。

 

新型感染症のような深刻な危機が発生した後の中国人の利己的行動も顰蹙(ひんしゅく)をかっている。傍若無人のマスクの爆買いはその一例だ。

 

筆者は子供のころにモンゴルの草原に暮らしていた。1964年に万里の長城の南側のチャイナ・プロパー(中国本土)で黄河が氾濫し、無数の中国人難民が内モンゴルに流れてきた。わが家の近くにもやってきた彼らは草原のネズミを片っ端から捕獲して食べていた。ネズミの肉を胃袋に入れた後は、皮を木の枝に張って干していた。何と器用な人たちだろう、あんな小さなネズミの皮を剥ぐシーンを目撃し、子供ながら驚嘆したものである。皮も金になるという。

 

 

習氏の約束とは裏腹に

 

しかし、モンゴルの老人たちの反応は違っていた。ネズミを食うと病気になる、と警告していた。やがて彼らの一部はばたばたと死んでいった。ペストにかかったからだ。ペストにかかって、余計に貧困化した中国人たちはモンゴル人の家畜に手を出す。1頭、2頭と泥棒されて減っていく家畜を見て、牧畜民のモンゴル人は途方に暮れていた。

 

それだけではない。1966年に文化大革命が発動されると、中国人たちは組織的にモンゴル人を殺害して財産を略奪するように豹変(ひょうへん)した。政府公認の数字だけでも、内モンゴル自治区全体で殺害されたモンゴル人は2万7900人に上る。中国人たちが着の身着のまま避難してきた際に、モンゴル人は温かく迎え入れたのである。それが、恩を仇(あだ)で返されたのである。

 

「中国は他国の内政に干渉していないし、貧困も輸出していない」。国家主席のポストに就いた時に習近平氏はそう豪語していた。事実はむしろ真逆だ。

 

一帯一路政策の推進により、多数の債務国を創出したのは立派な内政干渉ではないか。情報、対応が後手に回り、SARS同様に、世界中に新型肺炎の感染拡大を招いた責任も取ろうとしない。黄禍論の再登場で迷惑をしているのは世界各国である。中国はその払拭に努力しなければならない。

 

筆者:楊海英(文化人類学者静岡大学教授)

 

 

2020年2月7日付産経新聞【正論】を転載しています

 

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