阪神大震災から25年 自分の身を守る覚悟ができているか

 

 

「危機管理」という言葉が、日本で広く認識されるきっかけとなったのは、25年前の1月17日に発生した阪神大震災と直後の地下鉄サリン事件といわれている。震災の当日、貝原俊民・兵庫県知事の登庁は、大幅に遅れた。

 

知事からの派遣要請がなければ、自衛隊は動けなかった。陸上自衛隊に県から連絡があったのは、地震発生から4時間後である。もう少し早く派遣部隊が出動できていたら、救える命が増えていた、と批判の声が上がった。その後は東日本大震災をはじめ、列島が自然災害に見舞われるたび、自衛隊は素早く現場に到着できるようになっている。

 

ただ苦い教訓が今なお、自治体の首長たちに共有されているかといえば疑問が残る。昨年9月の台風15号をめぐる千葉県の対応を知ればなおさらである。あきれたことに、森田健作知事は災害対策に追われる県庁から私用で外出していた。

 

作家の吉村昭さんは、阪神大震災の模様を伝えるテレビの画面を見ていて激しい苛立(いらだ)ちを覚えたという。吉村さんはその22年前、関東大震災のドキュメントを書き上げていた。関東大震災では、家財などを積んだ荷馬車、大八車が道路、広場に充満していた。それらの荷物に引火して、大災害を引き起こした。

 

神戸市周辺の道路を埋め尽くした車もまた、消火活動と救援物資の輸送を妨げていた。被災地を見物するために、他県から車でやってくる人までいた。吉村さんは、発生直後に書いたコラムで、市民は車の怖さを知らない、と嘆いていた。

 

阪神大震災のもう一つの教訓は、一人一人の防災力の重要性である。いつ襲われてもおかしくない首都直下型地震に備えて、お上に頼らず、自分の身を守る覚悟ができているか。それを確かめる日にしたい。

 

 

1月17日付産経新聞【産経抄】を転載しています

 

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