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「今日だけは世界で一番幸せ」と弾(はじ)ける笑顔で語った歓喜、乱舞ぶりは、見ているこちらまで幸福な気分にさせてくれた。
陸上女子やり投げの北口榛花がブダペストで行われた世界選手権で優勝した。体格、体力がものをいう投擲(とうてき)種目で日本の女子選手が金メダルを獲得するのは、五輪も含めて史上初だった。
北海道旭川市出身の北口は地元の高校を卒業後、日本大学に進学したが、故障と指導者の不在から一時は低迷し、活路を求めて単身、チェコに渡ってセケラク・コーチの指導を受けることを直訴した。
そのコーチと、二人三脚で理想の投擲を追い求めた末の世界の頂点だった。不慣れな外国で言葉の壁も乗り越えたたくましさが、今日の栄光につながったといえる。
スポーツの世界では、およそあり得なそうなことが起きる。沖縄などで開催中のバスケットボールのW杯1次リーグでは、日本が欧州の強豪フィンランドに逆転勝ちした。米NBAのスーパースターを擁し、平均身長で約7センチ上回る相手に後半18点差の劣勢をはね返した。
多くのヒーローが生まれた中で、チームに火をつけたのは若き富永啓生の3点シュートの連発である。富永もまた愛知県の高校卒業後にNBA入りを夢見て米国の大学に進学した。本場で磨いたシューターとしての能力が爆発したのだった。
この大逆転劇が呼び起こした名言が、ファンの間で評判となっている。
「あきらめたら、そこで試合終了ですよ」という、漫画「スラムダンク」に登場する安西先生が諭した一言だ。
北口の快挙も、メダル圏外の4位で迎えた最終6投目で「自分は最終投擲に強い。絶対に投げられる」と信じて投じた渾身(こんしん)の大放物線だった。
昨年、サッカーのW杯で日本はドイツとスペインに勝った。東京五輪では、バスケットの日本女子が銀メダルを獲得した。ラグビーの前回W杯では日本がアイルランドとスコットランドに勝利した。
あきらめなければ、不可能はない。ただし周到な準備と努力の裏付けが必要である。この教訓や名言をスポーツの世界だけに押し込めておくのは、もったいなくはないか。
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2023年8月29日付産経新聞【主張】を転載しています