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歴史の玉手箱がまた一つ開いた。
小倉百人一首の選者とされ、鎌倉時代を代表する歌人、藤原定家の自筆本が子孫である京都市の冷泉家で見つかった。
失われたと考えられていた古今和歌集の注釈書「顕注密勘(けんちゅうみっかん)」だ。写本が重要文化財に指定されているが、原本だけに、研究者は「国宝級」と評価する。
和歌は日本文化の源泉の一つといえる。今後の研究成果に期待したい。発見されたのは上中下の3冊で、中と下の2冊が定家の自筆原本と確認された。上は後の当主による写本で、原本は火災で失われたらしい。
和歌の奥義を伝えるという特別な「古今伝授箱」に収められ、蔵の中で明治期以来約130年間、開けられなかったという。歴代当主は一生に一度開けて書写するなど、研究を重ね研鑽(けんさん)を積んできたそうだ。
内容は、歌学者の顕昭による注釈に、定家が自説を付け加えたものである。現代に至るまで和歌研究のみならず、国文学史上でも重要な書とされる。
特筆すべきは、定家の原本である点だ。京産大の小林一彦教授は「転写本の相違も解決される」と期待する。
古今集は平安期、905年頃の成立とされるわが国初の勅撰(ちょくせん)和歌集だ。定家にとっても、300年ほど昔の和歌集だった。記述を訂正したり紙を継ぎ足して書き加えたりと、真摯(しんし)に向き合い推敲(すいこう)した跡が見て取れる。写本では知り得ない、古典研究の第一人者の思考をじかに知る手がかりがそこにある。
実は発見に至る背景にも理由があった。同家では蔵を神聖な「神殿」として敬い、受け継いできた。「粗末にしたらばちが当たる」と戒め、先祖や蔵に畏敬の念を抱いてきたからこそ残った宝といえるのである。
ただ現状は傷みがひどく、今後は調査、修理を経て一般公開も検討する。定家の時代から800年を経て、いまだこうした発見があることに、日本の奥行きがあるといえよう。
古今集の美意識は学問や芸術のみならず衣食住に至るまで多大な影響を与えてきた。冷泉為人(ためひと)当主は「日本文化の根幹を成すもの」と位置づける。
発見は、その世界に新たな光を与えるものだ。日本文化の神髄をより深く、広く知られる契機となるよう望みたい。
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2024年4月21日付産経新聞【主張】を転載しています