トランプ米政権の外交政策に関する内幕を描いた著書を6月下旬に出版したボルトン前米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が7月7日、産経新聞の電話インタビューに応じた。ボルトン氏は、在日米軍駐留経費の日本側負担について、来年3月末に期限を迎える駐留経費に関する協定の交渉が不調に終わった場合、トランプ大統領が在日米軍の縮小や撤収に踏み切る恐れがあると警告した。
ボルトン氏は著書で昨年7月に訪日した際、当時の谷内(やち)正太郎国家安全保障局長に対し、トランプ氏が日本側の駐留経費負担として現行の約4.3倍に当たる年間約80億ドル(約8600億円)を要求していると伝えたと記した。
ボルトン氏は要求を伝えた意図について「トランプ氏は従来の米大統領とは違って本当に米軍を撤収させるリスクがあり、経費負担の増額要求をもっと真剣に受け止めるべきだと説明したかった」と述べた。
実際の交渉のベースとなる額については80億ドルを下回る「妥協額」を用意しているとの見方も示した。
一方、駐留経費交渉が難航する韓国に関しては、トランプ氏が在韓米軍を撤収させる可能性は「日本よりも高い」と指摘した。
トランプ氏の外交手法については、目先の「損得」や「取引」に根差していると批判、「同盟とは長期的に見て両国の利益になるべきだ。同盟(の価値)を金銭勘定に矮小(わいしょう)化すると、両国間の信頼関係は損なわれる」と訴えた。
難航する北朝鮮の非核化協議に関しては、トランプ氏が11月の大統領選に向け劣勢が目立った場合、起死回生策として「10月に金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と再会談する可能性がある」との見方を明らかにした。
ただ、ボルトン氏は「北朝鮮は核計画を堅持する意向だ」と分析し、再会談が実現しても「進展は一切見込めない」と語った。
一方で、トランプ氏が北朝鮮による日本人拉致の問題に関し、日本政府などの要請を受けて金氏との全ての会談で議題として取り上げたとし、前向きに評価する立場を示した。
ボルトン氏の著書の中で中国の習近平国家主席に融和的に描かれていたトランプ氏が、最近は対中強硬的な言辞を強めていることに関しては、「トランプ氏に一貫した(対中)政策がない好例だ」と非難。同氏が再選された場合は対中批判を封印し、「大型の貿易取引に向けた交渉に回帰していくだろう」として強い懸念を示した。
インタビューの詳報は以下の通り。
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―トランプ大統領の日米を含む同盟に対する考え方の問題点とは何か
トランプ氏は、深く強固な政治的同盟がどのように機能するかを真に理解していない。日本は米国にとり今や、世界で最も関係が緊密な国の一つだ。東西冷戦から旧ソ連の崩壊、テロや核拡散、中国といった複数の脅威が台頭する一連の流れの中で、日米同盟は強固であり続けた。
同盟とは、会計士たちが毎年の資産や負債をはじき出す類いのものではない。長期的にみて両国の利益になるべき類いのものだ。同盟(の価値)を金銭勘定に矮小(わいしょう)化すると両国間の信頼関係は損なわれる。それは非常に危険なことだ。欧州やアジアなど世界各地の同盟諸国は集団的自衛に向けて国防費を増額させているが、同盟の強固さは2国間の支払いの収支などで判断されるものではない。
―トランプ氏にとってはカネが全てなのか
トランプ氏は、欧州や日本、韓国、太平洋地域への米軍配備について「米国がこれらの国々を守っている」との認識だ。相互防衛のための同盟だとみていない。アフガニスタンでも同じ過ちを犯している。駐留米軍は不要だとして撤収を図っているが、米本土に対するテロ攻撃の脅威が増大するのは確実だ。
―日米の駐留経費負担の交渉が不調に終わった場合、在日米軍の縮小や撤収はあり得るのか
可能性はある。ただ、その可能性がより高いのは韓国(在韓米軍)だろう。私が補佐官として東京とソウルを訪問した際、日韓両政府高官に訴えたのは、トランプ氏は従来の米大統領とは違い、本当に米軍撤収に踏み切る現実的なリスクがあるので、駐留経費負担の増額要求をもっと真剣に受け止めるべきだということだった。トランプ氏には(年間80億ドルではなく)より妥協した額で妥結する用意はあると思う。一方、トランプ氏が大統領選で敗北すれば、日米はこの問題で早期に合意するだろう。
■安倍首相、同盟維持に貢献
―トランプ氏と安倍首相との個人的関係は日米同盟にどう寄与したか
安倍首相はトランプ政権下での日米関係の安定化で素晴らしい仕事をした。彼にとっては楽しい仕事ではなかったと想像する。日米首脳会談に何回か同席したが、安倍首相がトランプ氏の発言を聞くのは時に大変だったと思う。ただ、安倍首相は日本の国益を最優先に考え、日米同盟の強化が得策であると理解していた。米国が困難な状態のときに日米関係の安定化に貢献した安倍首相は高く評価されるべきだ。
―トランプ氏は拉致問題への取り組みに関し日本で評価されている
(私は)拉致問題に関しては2000年代初頭に官房副長官だった安倍氏から説明を受けた。その後、米国人が北朝鮮で人質となった事件が起きたこともあり、拉致問題は米国でも重要な問題だと明確に認識されるようになった。トランプ氏は安倍首相に対し、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との会談で拉致問題を提起すると約束し、実際に全ての会談の場で提起した。私がこのことを本で紹介しようと思ったのは、米国ではトランプ氏を全面肯定するか全否定する風潮が強すぎるからだ。
ただ、金氏が何らかの提供条件と引き換えに拉致問題の取り下げを持ち掛けた場合、どうなるかは分からない。だからこそ安倍首相は強固な同盟の維持に努め、トランプ氏に頻繁に電話をかけ、あらゆる機会に会談し、天皇陛下が即位されて初の国賓訪問を設定した。トランプ氏に直接話し続けることが、日本の立場を確実に同氏の耳に届ける唯一の方途だと認識していたからだ。
―北朝鮮との非核化協議は頓挫したのか
北朝鮮は開城(ケソン)の南北共同連絡事務所を爆破し、協議に真剣でないことを示した。北朝鮮の核兵器開発計画堅持への意思は強固だ。一連の核協議では総じて北朝鮮が経済制裁の緩和を目指した(にすぎない)。11月の大統領選に向けトランプ氏の支持率が低迷した場合、土壇場の起死回生を目指した「オクトーバー・サプライズ」として10月あたりに金氏とトランプ氏が再び会談する可能性はある。ただ核問題での実質的な進展は一切見込めないだろう。
―北朝鮮の非核化に向けて何をすべきなのか
北朝鮮は既に4回も書面で非核化に合意した。問題はその履行だ。(全面的に核放棄させた上で経済支援などの見返りを与える)リビア方式こそが唯一の外交的な解決策だ。そして最終的には韓国政府の下での朝鮮半島の再統一を目指すべきだ。北朝鮮政府がなくならない限り北朝鮮の核放棄は困難だ。韓国の体制下で再統一されれば北朝鮮の体制転換は必要ない。
■一貫性がないトランプ氏
―中国に関し、著書ではトランプ氏が習近平国家主席を礼賛する描写などがあった。一方で同氏は現在、中国に対して強硬だ
これこそが、トランプ氏に哲学や大戦略、一貫した政策がない好例だ。新型コロナウイルスや香港に関する(強硬な)言辞やウイグル人権法の署名・成立は別にして、具体的な取り組みは多くない。また、再選されれば大型の貿易取引に向けた交渉に回帰していくだろう。非常に危険だ。
―トランプ氏は2期目への構想はあるのか
彼自身が(何をしたいのか)分かっていない。選挙運動で不利な要因になっていくだろう。
―バイデン政権になれば世界は良くなるのか
私はトランプ氏にもバイデン氏にも投票しない。バイデン政権は、良くてオバマ前政権と大同小異だが、民主党内では左翼勢力からの圧力が高まっており、事態は悪化し得る。どちらが勝とうが愉快ではない。
―著書に対しては米国内で批判も出ている
私は本で真実を伝えようとした。人々は真実を受け入れがたいときもある。批判は覚悟していた。
聞き手:黒瀬悦成(産経新聞ワシントン支局長)