告発は尹錫悦氏の検察時代の問題を巡るもので、左派の大物政治家・宋永吉などの関心を集めている
Byun (Lead Photo) Media Watch Kenji Yoshida rs

South Korean journalist Byun Hee-jae in 2023 (©MediaWatch)

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7月24日、韓国の現職大統領である尹錫悦氏を相手にした損害賠償民事訴訟が韓国ソウル中央地裁に届けられた。 訴訟の原告である韓国のジャーナリストで、メディアウォッチの設立者でもある邊熙宰(ビョン・ヒジェ)氏は、尹錫悦氏が過去検事時代に犯した証拠捏造犯罪により「間接的被害」を受けたと主張する。

 

尹大統領は2016年12月、朴槿恵大統領(当時)のスキャンダルを捜査するため特別検事捜査チームのチーム長として任命された。今回の訴訟は当時の捜査をめぐるものだ。

 

邊氏は、尹氏が特別検事捜査チーム長時代に朴槿恵大統領に対する弾劾を引き出すため、証拠捏造捜査を主導したと主張する。 韓国の議会は2016年12月6日、朴槿恵大統領に対する弾劾訴追案を可決、翌年の2017年3月10日には憲法裁判所が満全一致で弾劾決定を下し、朴大統領は公職から罷免された。邊氏は、朴元大統領こそ尹錫悦氏の証拠捏造犯罪により「直接的被害」を受けたと主張する。

 

韓国の大統領は刑事上訴追は免責されるが、民事訴訟はそうでない。しかし、現役大統領を相手取った民事訴訟の事例はほとんどなく、特に大統領就任前の不正疑惑に関して民事訴訟を提起したことは韓国で前例がない。

 

今月の初めに、邊氏はJAPAN Forwardとのインタビューで訴訟に至った経緯を打ち明けた。邊氏の主張が妥当かどうかの判断は避けるが、自身の事情を言論人として読者に伝える権利があると信じている。

 

主なやり取りは以下の通り。

 

 

――2016年末、JTBC放送局の「崔順実タブレット」スクープ報道が、朴槿恵元大統領弾劾の引き金となったと主張するが、具体的にどういうことか

 

韓国の主要総合編成チャンネル放送局の一つであるJTBCは、2016年10月24日、民間人事業家の崔順実(本名チェ・ソウォン)氏と当時の朴槿恵大統領との関係に関する報道を行った。そして崔氏が背後から朴槿恵大統領を操縦し、朴政権での外交と安保政策はもちろん、人事まで勝手に関与したというスクープ報道を流した。

 

当時JTBC放送局は証拠として一つのタブレット機器を提示した。崔氏が当機器を操り、政府政策に関与し朴大統領の演説を修正したと主張した。実際に機器には大統領と関係した各種秘密文書が保存されていた。当然、民間人が扱ってはならないものだった。

 

従って、JTBCの報道は韓国国民に大きな衝撃を与えた。当時 JTBC放送局は、このタブレット機器を崔氏の知人の事務室で発見したと明かし、報道直前に同機器を検察に提出したと主張した。スクープ報道後、検察はJTBC放送局が公開した端末機の入手経緯はもちろん、当タブレットが崔氏のものであることを公式化した。

 

これにより朴大統領は、一夜のうちに公務上秘密漏洩罪を被るようになった。しかし何よりも、政治的には、国民が選挙を通じて与えた権力を恣意的に非任命の民間人に渡した指導者と疑われ、指導者としての深刻な資格論議を呼び起こした。 結局、JTBCの報道が流れて5ヵ月後、朴氏は弾劾された。この政治スキャンダルは「崔順実ゲート」として知られた。

 

――JTBC放送局の報道と以後の検察捜査に問題があったと主張するのか

 

当タブレット機器は、実は「キム・ハンス」という当時青瓦台公務員のもので、当然ながら政府の機密文書が保存されておかしくなかった。それをJTBC放送局が崔順実という民間人のものに見せかけ、朴大統領弾劾の原因を創り出したのだ。

 

当社メディアウォッチは、2016年末から2017年の初めにかけてJTBCの報道の矛盾を指摘した。当社の分析によると、JTBC放送局は崔順実とタブレットPCに関連した報道だけで計24個の明白な誤報を吐き出した。彼らがが主張するタブレットPCの入手経緯はもちろん、タブレットの実使用者が崔順実という説明も全て不合理だった。しかし、本当に深刻な問題は報道ではなく、後の検察捜査だった。JTBC放送局の報道を訂正すべき検察が、むしろJTBCの主張を公表したのだ。

 

当時私は、JTBCの誤報については認知していたが、検察の捏造捜査まではとても想像できなったため、彼らの不正行為を調べることに慎重だった。しかし、2017年秋頃に当タブレットに対する国立科学捜査研究院からの驚くべき鑑識鑑定結果が出た。そして私は検察までこの問題に関与したことを確信したのだ。

 

――2018年度にJTBC放送局などに対する名誉毀損罪で拘束され、2年刑宣告を受け、1年間刑務所に送られた。その経緯は

 

2018年5月、私は主要OECD国家のジャーナリストとして初めて正式裁判前に事前拘束された。そもそも言論人が公共目的で批判報道をし、名誉毀損罪で逮捕されるなど日本人やアメリカ人の感覚からは理解し難いはずだ。いずれにせよ、私は一審で2年の有罪判決を受け、1年間収監され、のちに保釈で釈放さた。そして私の控訴審は現在4年間進行中だ。

 

幸いなことに、裁判中に各種証拠を確保することができ、検察こそ「崔順実タブレット」捏造問題の核心的プレーヤーであることが分かった。 国立科学捜査研究院の鑑識報告書を綿密に調査した結果、検察が証拠保全のために封印されいるはずのタブレットPCを操作したことを突き止めた。他の証拠を検討した結果、崔順実がタブレット端末の法的所有者であるかのように見せかける為、移動通信契約書の書類まで捏造されていたのだ。(モバイル機器であるタブレットを使うには移動通信開通が必要)

 

その結果、韓国最大の移動通信大手であるSKテレコムも、当時の朴槿恵大統領を無能な指導者として位置づけたこの壮大な計画に関与したことが明らかとなった。

 

もちろん、検察の捏造捜査による「直接的被害」は朴槿恵元大統領が被ったと言える。だが、私も真相究明活動中に「間接的被害」を受けた。一例として、捏造されたSKテレコム契約書は、私の名誉毀損罪裁判にも検察が証拠として提出し、この証拠は一審で有罪を引き出す決定的な役割を果たした。

 

2017年に開かれた国政監査に参加する尹錫悦ソウル中央地検長(当時)。尹氏は崔順実の第1タブレットは崔順実氏が所有し、使用したと証言した(JTBCニューススクリーンショット)

 

――尹錫悦大統領は「崔順実タブレット」捏造捜査にどのように加担したのか

 

尹錫悦氏がこのタブレット操作捜査をどこまで指揮したかは明らかではない。同様に、「崔順実ゲート」での彼の関与の度合いも不明である。しかし、とにかく尹錫悦氏がタブレット捏造捜査に深く加担したと信じるだけの合理的な根拠がある。また、このタブレット捏造捜査には、現政権の法務部長官である韓東勲氏も当時捜査チームのナンバー2として加担したものと見ている。

 

2016年末から2017年初にかけ、韓国国内ではタブレットPCに関するJTBCの誤った報道に意義を唱える世論が高まり始めた。尹錫悦氏はまさにこの時、特別検事捜査チーム長として合流し、合流するやいなや「第2の崔順実タブレット」という新しい証拠を取り出した。尹氏と彼の捜査チームは、この第2タブレットPCを利用して、第1タブレットPCとJTBCの報道に対する疑問を静まらせた。 検察は崔順実の姪であるチャン・シホがこの2番目のタブレット端末機を「自発的に」提出したと主張した。

 

しかし、私は第2タブレット端末も検察によって捏造されたことを突き止めた。

 

――第2タブレットPCも操作されたと考える理由は

 

昨年メディアウォッチは、「第2タブレットPC」の内部データを裁判所から確保し、これを専門鑑識機関である韓国サイバーフォレンジック専門家協会(KCFPA)に鑑定を依頼した。当機関の鑑識結果により、「第2タブレットPC」の開通経緯、使用期間、チャン・シホ氏の入手方法とその後の検察への提出経緯など、特別検察の捜査結果が全て虚偽だったとことが明らかになった。

 

特別検察の捜査結果は、私の裁判にも証拠として提出された。この証拠も私の拘束と一審有罪の根拠として使われた。この捜査結果は、尹錫悦氏と彼の捜査チームの下で作成された為、私は尹氏に直接損害賠償を要求する権利があるのだ。

 

朴槿恵元大統領の回答を促す集会を朴元大統領の私邸前で開く邊熙宰氏(中央から左)と金容敏氏(中央から右)=2023年7月5日(©メディアウォッチ)

 

――現職大統領を相手に民事訴訟を提起した。しかし、韓国のマスコミはこの訴訟にあまり関心を持っていないのはなぜか

 

完全に荒唐無稽な話に基づいた訴訟なら、興味中心でもマスコミが取り上げたかもしれない。しかし、私の訴訟がむしろ確実な証拠に基づいているからこそ、無視しているのではないだろうか。

 

一言で言うと、2016年末に韓国の国家最高査定機関内の一部不純勢力が、韓国の大手マスコミおよび最大の移動通信会社と共謀し、当時の朴大統領に事実無根の罪を被せ、政権交代の試みたのだ。まるで大ヒットスリラーの一場面のようだが、それが実話だ。

 

韓国のマスコミが関連報道を躊躇する理由は、報道が流れた場合、韓国社会の既得権が崩壊し、社会混乱を招きかねないと思っているからと見られる。しかし、だとしても真実は真実である。マスコミは不便な真実でも知らせなければならない責任があるのではないか。

 

ただ、沈黙を維持する正確な理由は私も見当がつかない。もし朴元大統領を私の訴訟に証人として申請できるなら、召喚して直接その考えを一度聞いてみたい。

 

――現職大統領に対していくつかの深刻な疑惑を提起した。保守派からの支持はあるのか

 

2021年までは、朴元大統領を支持した韓国の保守派の有権者の多くが私を支持していた。その頃は彼らの多くが「捏造捜査検事尹錫悦死刑」などのスローガンを躊躇なく叫んでいた。だが、2022年の大統領選挙を機に、朴槿恵元大統領支持者の大半が尹錫悦氏の支持者に移っていった。

 

日本人やアメリカ人の感覚では理解が困難な話かもしれない。ソウル中央地検長時代に朴元大統領と保守派の200人余りを監獄に送り込んだ尹氏を、文在寅氏は検察総長に任命した。しかし2019年、尹氏は文在寅当時大統領と角を立て始めた。文在寅政権の法務部長官を務め、文氏の最側近と言われた曹国を、尹氏が腐敗容疑で起訴した事がきっかけだった。

 

尹錫悦氏は2021年末に主要保守政党の大統領選候補に指名された後、保守価値を前面に押し出し始めた。尹氏は当選後、日米にかなり親和的な姿勢を見せている。彼は左派である前任者の政策を覆すために様々な措置を取っており、保守派の支持をかなり得ている。よって、現在では私を支持する保守派はほとんどいない。

 

CBSニュースに出演中の宋永吉氏。宋氏は「韓東勳法務部長官がタブレットPCの証拠捏造から本当に自由ならば、邊熙宰を直ちに逮捕しなければならない」と語った(JTBCニューススクリーンショット)

 

――現在あなたを支持するのはだれか

 

尹錫悦氏の当選後、尹政権に反対する進歩左派が私の主張に耳を傾けた。最近では文在寅政権下で与党代表を務めた宋永吉氏が、公に何度も私の主張を賛同してくれ、主流メディアでも大きな話題になった。 彼はあるニュース番組に出演し、私が執筆した、JTBCと検察の問題を取り上げた3冊の本をすべて読んだとも明らかにした。

 

元与党代表までが支持しているので、韓国内の進歩左派の多くも私を支持していると慎重に予想する。宋永吉氏が言及した私の本は、合わせて数万部売れ、一部はベストセラーにもなった。私は現在、支持者と共にほぼ毎週全国で集会をひらいている。ただ、私の主張に進歩左派の現役国会議員らは同調しない様子だ。それもそうなのが、彼らの相当数が文在寅政の時に朴槿恵氏の処罰を勧めていた。そのせいか、尹錫悦氏の捏造捜査犯罪だけに対してばかりは沈黙を貫いている。

 

しかし、この問題は左派とか右派の問題ではない。我が国の自由民主主義と体制を揺るがす問題なのだ。宋永吉氏はこの事態を見抜いている。宋氏は、野党が沈黙を破らなければ、韓国の進歩左派も尹錫悦氏によって2017年、2018年の保守派と同じ運命を直面すると見通している。 私もこれに同意する。

 

――朴槿恵元大統領からの反応は

 

朴元大統領は2021年末、文在寅政権末期に赦免釈放された以後、ずっと沈黙を守っている。彼女が沈黙する理由は、韓国のマスコミがこの問題に背を向けるように、前職大統領として今の既得権を崩壊させ、社会混乱を招く引き金は引きたくないということにあるようだ。

 

ここでも、その動機に関しては分かりかねる。もし私の裁判に証人として彼女を召喚できるのであれば、同じような質問をしてみたいところだ。

 

――今回の訴訟について、尹錫悦大統領または彼の弁護士からの反応は出ているのか

 

尹錫悦本人は8月14日に訴状を正式に受け付けた。民事訴訟の原則上、いったん訴状を受けたら宣告前までに答弁しなければ自動的に敗訴判定が下される。いかなる形であれ答弁はするだろう。ただ、お粗末な返答をした場合、さらに大きな問題になりかねない。

 

私は今回、尹錫悦氏のみに訴訟を提起したのではない。「第2崔順実タブレット」捜査当時、尹錫悦氏は特別検事捜査チーム長であり、現在の法務部長官である韓東勲氏が当時ナンバー2だった。この2人に加え、実務検察と捜査官の3名に追加訴訟を提起した。一言で言って、捜査チーム全体に訴訟を提起したため、尹氏と韓氏が責任を回避した場合、その下の実務検察と捜査官が責任を負うことになる。

 

――今後、どのような展開が予想されるか

 

まず私は、尹錫悦氏と彼の捜査チームによって証拠の捏造と、タブレットPCの捏造捜査が行われたことを立証したと思う。今回の事件は国の根幹を揺るがす大変な事件だと思う。この事件の真実を永遠と阻止し続けられる権力があるとは信じがたい。

 

メディアウォッチにはこのタブレット事件によって、私と同じく一審有罪判決を受けた黃意元記者を含めて3人の記者がいる。 黃氏はメディアウォッチ代表理事兼編集局長を務めているが、やはり1年刑宣告を受けて法廷拘束され、保釈釈放されるまで6ヶ月間収監されていた。 私たちは検察のタブレット捏造捜査によって大きな被害を受けた。 したがって、このタブレット捏造捜査に加担したすべての人々を相手に民事訴訟を提起する法的権利がある。

 

2019年5月、保釈後インタビューに応じる黃意元氏(©メディアウォッチ)

 

この問題と関連した詳細事項もすべて整理されている。 私は尹錫悦氏とその勢力が、2台のタブレットPCを捏造し、朴槿恵元大統領と崔順実に濡れ衣を着せたという事実が、裁判所の判決を通じて公式化されるのを待っているのみだ。

 

韓国法曹界では、この事件はすでに公然の問題だ。もちろん、もし裁判官までタブレット捏造捜査の真実に背を向けるなら、それは我々としても仕方がないことだ。 それはそれで我が国の運命であろう。

 

 

JAPAN Forwardは今後、この訴訟の被告についても取材を行う予定だ。

 

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