日本銀行の黒田東彦(はるひこ)総裁は2月17日までに産経新聞の単独インタビューに応じ、肺炎を引き起こす新型コロナウイルスの拡大が「国内経済にとって一番大きな不確実性」だと指摘した。17日発表された令和元年10~12月期の実質国内総生産(GDP)はマイナス成長になった。だが、足元では2年を通じた経済成長率が大きく下振れすることは想定せず、感染の勢いがどこまで持続するかが焦点になると分析。景気に影響が出る場合は追加的な金融緩和策をためらわない姿勢を示した。
「問題はどこで峠を越えて、収束するかだ。(平成14~15年に流行した)重症急性呼吸器症候群(SARS)のときは半年ぐらいで“終結宣言”まで行った」
黒田総裁はこう述べ、新型肺炎の拡大が早期に弱まることに期待感を示した。
また、専門家の見方として、中国国内の生産活動が今年第1四半期(1~3月)で底を打ち、4月以降は挽回する可能性を指摘。世界や日本の今年の経済成長率が「昨年より非常に大きく落ちる可能性は少ない」との見方を示した。
ただ、新型肺炎は中国本土の死者数がSARSの世界全体の死者数を超え、国内でも死者が出るなど拡大に歯止めがかからない。人の移動が制限され訪日外国人旅行客をあてにした観光産業が打撃を受けているほか、中国の生産活動が停滞し企業のサプライチェーン(供給網)も混乱しており、収束が遅れれば世界経済に甚大な打撃を与える。
このため黒田総裁は、感染拡大がいつピークアウトするかが、今後懸念すべき最大の「不確実性」だと強調する。今後は海外当局との情報交換を続け、状況の変化を注視。新型肺炎の影響が「日本経済に大きく波及すれば金融政策を考えなければいけない」として、物価上昇の勢いが損なわれる恐れが高まれば「躊躇(ちゅうちょ)なく追加的な措置を考える」と表明した。
デジタル人民元 国際通貨にならない
また、欧州中央銀行(ECB)など5つの中央銀行と連携して調査・研究を始めた法定デジタル通貨については、「技術の進歩や国際的な金融環境の変化を踏まえると、将来的には必要になる可能性もある」との見方を示した。ただ、現時点では発行計画がないことを改めて強調し、6中銀が連携して米ドルに代わる合成基軸通貨を作るアイデアについては明確に否定した。
デジタル通貨は財産的な価値を持つ電子データで、スマートフォンを使って送金などの金融サービスを安価に利用できる。黒田総裁は「(現金を使わない)キャッシュレス化は進んでいる。中銀の通貨として紙幣だけでなくデジタル通貨があってもよい。より(金融が)効率的になるかもしれないという議論がある」と期待感を示した。
共同研究する6中銀は日欧に加え英国やスイス、カナダ、スウェーデン。サイバー攻撃による流出やデータ消失の対策、民間金融機関への影響などを議論し、年内に報告書をまとめる。
とはいえ、現金自動預払機(ATM)が広く普及した日本では現金の需要が根強く、導入に向けた機運が盛り上がりにくい事情がある。黒田総裁は、6中銀の間でも法定デジタル通貨の発行計画があるのはスウェーデンのみで、他行は発行を決めていないと説明し、6中銀の会合では「課題を客観的に掘り下げ調査・研究する」にとどまると説明した。
一方、6中銀が研究を急ぐのは「デジタル人民元」の発行を目指す中国への危機感があると指摘される。米国と覇権争いを繰り広げている中国は、先端のIT技術を駆使して中国主導の決済システムを普及させ、基軸通貨ドルを中心とした国際通貨制度を覆そうと総力を挙げているからだ。
ただ、黒田総裁は「人民元がデジタルになったからドルに代わる国際通貨になるということではない」とこうした懸念を一蹴。ドルが英ポンドに代わる基軸通貨になったのは世界一の経済大国になってから40年以上後だったことを挙げ、将来的に中国が経済規模で米国を追い抜くことがあっても「通貨がどうなるかは別の話」との見方を示した。
ドル覇権に疑義を唱えるのは中国だけではない。英イングランド銀行(中銀)のカーニー総裁は昨年8月、複数の主要通貨を価値の裏付けとする合成デジタル通貨を作り、ドルに代わる基軸通貨として各国で管理することを提案した。
黒田総裁は「一国の通貨に依存しない国際通貨制度として興味深い」としつつ、支持している国はほとんどないと指摘し、英国を含む6中銀が合成基軸通貨を作るかとの問いには「確実に(そうはなら)ない」と断言した。