人気漫画「鬼滅(きめつ)の刃」の主人公、竈門炭治郎(かまど・たんじろう)が持つ黒い刀「日輪刀」に似ていると話題の日本刀が、日本古来の「たたら製鉄」ゆかりの里にあるという。島根県奥出雲町の「奥出雲たたらと刀剣館」で展示されている日本刀がそれ。たたら製鉄で生産された玉鋼(たまはがね)を原材料にした黒刀で、町職員が2月にSNSで紹介したのをきっかけに人気に火がついた。同館では11月まで、黒い刀を目玉にした企画展が開催中だ。
「月下の笹」
9月19日から11月23日までの日程で開かれている企画展「奥出雲たたら展2020」。会場中央に展示されているのが話題の日本刀。「月下の笹(ささ)」と名付けられた黒い刀だ。東京都在住のデザイナー、島村卓実さんが奥出雲町の景勝地「鬼の舌震(したぶるい)」で夕方に見た黒く光る笹から着想し、富山県の刀鍛冶、高田欣和さんが玉鋼を刀にした。
刀身は93センチ。反りは浅く、ササの葉の筋を表すため片面にだけ溝が彫られている。富山県高岡市の金属加工会社が特殊加工技術で黒く染めた。黒染めには腐食やさびから金属を守る作用もあるという。
今年2月の展示に向けて準備作業をしていた町職員が竈門炭治郎が黒い刀を手にしているのに気付き、写真投稿アプリ「インスタグラム」の町公式ページで「#鬼滅の刃」のハッシュタグをつけて展示を紹介したところ、来館者が倍増した。
新型コロナウイルスの感染拡大防止のため4月中旬から6月上旬まで休館したが、再開後も前年並みの来館者が訪れ、特に女性客や家族連れが目立つという。
たたらブランドのシンボル
同館のある奥出雲町は世界で唯一たたら製鉄が現在も操業している地だ。たたら製鉄では粘土製の炉に砂鉄と木炭を交互に入れて鞴(ふいご)=送風機=で炉に風を送って鉄をつくるが、奥出雲は良質の砂鉄と森林資源に恵まれ、古くからたたら製鉄が盛んに行われていた。
西洋の製鉄技術導入に伴い戦後に途絶えたが、日本刀の原料となる玉鋼を得るため、日本美術刀剣保存協会などが昭和52年に復活させた。町には唯一技術を継承している製鉄所「日刀保(にっとうほ)たたら」があり、刀匠らに玉鋼を供給している。
町では、たたら製鉄を地域ブランドにして地域経済の活性化につなげようと、平成27年にプロジェクトを立ち上げた。「奥出雲たたらブランド」の認証制度を創設し、玉鋼を使った新たな製品や商品をブランド認証している。
今回展示の目玉となっている月下の笹は「奥出雲たたらブランド」のシンボルとして28年から製作に取り組み、昨年完成した。
黒い刀は受注生産
今回の企画展では月下の笹のほか、玉鋼を使用した小刀やメガネフレーム、鉄を製錬する際の不純物で作ったジュエリーなども展示。奥出雲では原料となる砂鉄を取るために切り崩された山を棚田にして米やそばを栽培していることから、たたら製鉄がもたらす循環型農業も紹介している。
町地域づくり推進課の安部宏明さん(43)は「秋の奥出雲町は紅葉がきれいで新米やそばもおいしい。刀をきっかけに町やたたら製鉄に多くの人が興味を持ってもらえれば」と期待する。奥出雲たたらブランド公式ウェブページ「奥出雲たたらブランド」でも紹介されている。
月下の笹は受注生産し、450万円(税別)で販売。既に購入希望の問い合わせが寄せられているという。購入などの問い合わせは、島村さんのデザイン会社「クルツ」(03・6809・0755)。