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フランスに本社を置くUBIソフトは5月下旬、人気アクションゲームシリーズの新作「Assassin's Creed Shadows」を11月15日に発売すると発表した。今回は戦国時代の日本が舞台となっている。UBI側は日本の専門家が監修したとし、「私たちは正確な歴史を描いている」と述べている。しかし、日本では、「歴史改変だ」「雑な日本描写だ」などの批判の声が上がり、発売中止を求める署名活動まで起きている。日本のファンたちは何に憤っているのだろうか―。
黒人侍・弥助とロックリー
「シャドウズ」では、伝説の侍「弥助」と女忍者の「奈緒江」が、プレイヤーが操作するキャラクターとなる。弥助は織田信長の荷物持ち(従者)の黒人で、信長死後は記録が残ってない謎に包まれた実在の人物だ。
公開されたゲームプレイ映像では、完全武装の甲冑姿の弥助が村を歩き、村人が弥助に対し恭しく頭を下げる様子が描かれている。
これに、「弥助は伝説のサムライではない」との批判が起きているのだ。
実は、弥助に関する史料はほとんどない。体格描写のほかは①宣教師が黒奴の弥助を見世物にしていたところ、珍しいもの好きの織田信長が譲り受け、気に入られた②本能寺の変の際に捕らえられ、南蛮寺に送られた―程度の記録しか残っていないのだ。従って、日本人に広く知られる存在ではなかった。
しかし、この弥助に光を当てた書籍『Yasuke: The true story of the legendary African Samurai』( Thomas Lockley, Geoffrey Girard 共著)が2019年に出版されたことで、誤解が世界に広まることになった。
本書では、日本大学准教授のロックリー氏がこれに先んじて出版した日本語版で「推測」と前置きしていた情報を「断定」しており、弥助は伝説の英雄として扱われている。「宣教師が用心棒として連れてきた黒人を、日本人が奴隷にした」といった本末転倒な記述もみられる。海外ではこれらが「史実」となり、部分的に「史実」と認識した日本人は少なくない。
この誤解は、2015年からWikipediaの弥助の項目に幾度も「弥助は侍」という記述が加えられたことも影響している。参考文献として発表前のロックリー氏の文献を挙げたことから、この編集を行った「tottoritom」は、かつて鳥取県で日本語教師をしていたロックリー氏本人ではないかとの疑惑が持たれている。
ロックリー氏は自著を「フィクション」と言うことはなく、「弥助の専門家」としての地位を得た。現在も自らの創作を「史実」として語り続けている。
弥助は21世紀に突如、ロックリー氏によって生み出された「伝説のサムライ」なのだ。
ロックリー氏が「シャドウズ」の開発に関わっているかどうかは定かではない。だが、同氏はUBIのポッドキャスト「Echoes of History」で弥助について語っており、UBIがロックリー氏の創作に影響を受けている可能性は高い。
「弥助」はその特異性からこれまでにもいくつかのフィクション作品に登場している。しかし、批判が起こったことはない。少なくとも「正確な歴史」をかたることはなかったからだ。
「侍」と「サムライ」
明確に「弥助は侍だった」という記録はない。その一方で、戦国時代の「侍」を明確に否定する根拠も乏しい。
「侍」の地位は「幕府」との関係が深い。侍は平安時代の貴族の警護人に端を発し、鎌倉・室町時代には幕府直属の武士を「侍」と位置付けた。また、江戸時代に入ると、幕府の旗本以上の地位の者を「侍」とし、のちに武士全般を侍と呼ぶようになった。「侍」に対する「上流階級」というイメージはこの時代の位置づけに基づくものだ。
室町時代と江戸時代に挟まれた安土・桃山時代を含む戦国時代は混沌とした時代で明確な定義はなく、「武士=広義の侍」と扱っても問題ないとする歴史家もいる。この時代の「侍」は社会的地位の高い者を指す言葉ではなかった。それでも、豊臣秀吉が信長に仕えて武士として認められるまで戦功を重ねて10年ほどかかったことを考えると、弥助が信長に仕えた短期間に武士として認められていたという推測は疑わしい。
一方、「サムライ」「ニンジャ」は半世紀前の「ウィザードリー」での登場以来、TVゲームと共にあった。「日本刀を装備する戦士」としての「サムライ」は数多くのゲームに登場し、ゲーマーにとってなじみ深いものとなった。多くのゲームで扱われてきた「サムライ」は「ジョブ」のひとつで、ジョブとしては「上級職」でも社会的地位が高くなるわけではない。日本の歴史を扱うゲームでも、「侍だから尊敬されるに違いない」という思い込みは描かれない。
「シャドウズ」では、弥助が白昼堂々、村の中で敵を惨殺する姿が描かれる。ここでも、およそ侍らしからぬ行為に反発の声が上がった。これに対し、UBIは「この時代の日本では首を斬られる殺害方法が日常茶飯事だ」と回答している。そのような歴史的事実はない。
「侍」「サムライ」に対する印象の混同で、「弥助」→「サムライ」→「侍」→「社会的地位が高い」→「尊敬される伝説」という連想ゲームが成立してしまった。ロックリー氏や開発側の「弥助は伝説のサムライ」という思い込みと、日本人の「侍」観が相入れないものになっているのだ。
なお、「女忍者(くの一)」もフィクション上の存在で、史実には存在しない。
サムライは誰のもの?
「シャドウズ」を批判する人は一枚岩ではなく、普段ゲームをしない層も憤る事態になっているが、「黒人」をめぐる論点は「日本が舞台で、なぜ日本人が主役でなく外国人である黒人を起用したのか」ことにある。歴史の追体験は現地人になりきるのがロールプレイの醍醐味だ。
UBIは日本のゲームメディア向けインタビューで、弥助の起用について「“私たちの侍”、つまり日本人ではない私たちの目になれる人物」を探したと答えた。この発言は「文化盗用」「日本人排斥」と受け止められ、批判を受けて現在ではWEB上の記事から削除されている。
どうして日本人の目線では描けなかったのか。「批判は差別的」と一括りにすることはあまりに乱暴だろう。
雑な日本の扱い
公開された情報には「ありえない」日本が多く描かれている。「日本の専門家が監修した」といっても、「日本人」の監修者は入っていないのだろう。畳は正方形ではない。畳の縁は踏まないし武士は正座をしない。家紋の扱いが違う。世が世なら打ち首だ。左右反転した中国の仏像も写りこまれている。これは、中国のものが日本の背景に使用されたことだけが問題ではなく、左右の概念に大きな意味を持つ仏教に対する冒涜である。
コンセプトアートにはAI生成だからだろうか、1500年代が舞台であるにもかかわらず1700年代から現代のものが描かれる。農作業の風景が現代のミャンマーやタイの写真の複製であることも判明した。ガードレールや軽トラックが戦国時代に「存在しなかった記録」はないので、「想像で補った」のだろうか。
これだけなら、歴史フィクションのトンデモ描写として笑い飛ばせるかもしれないが、著作権違反も判明している。関ケ原のPRのため平成元年より活動している関ケ原古戦場おもてなし連合“関ケ原鉄砲隊”の旗が無断使用されており、UBI日本支社はXで「当該アートはコレクターズエディション内のアートブックに収録されることを除き、以降は新たな使用・配布等は行われません」と謝罪した。同団体はアートブックからも削除を依頼している。
また、複製が許可されていない文化財の「二条城の屏風画」「東大寺の八角燈籠」と思われるものが画像内で確認されており、盗用の疑いがもたれている。
さらに、日本向けに公開した動画(英語音声)が中国語字幕だったことなども重なり、日本だけでなく中国や韓国からも「アジア軽視だ」と批判の声が上がった。日中韓の意見が一致するという異例の事態となった。
先日パリで開催されたジャパンエキスポのUBIブースでは、「弥助の刀」として日本刀が展示されたが、すぐに漫画『ワンピース』のゾロの特徴的な刀「三代鬼徹」と指摘された。ワンピースの作者「尾田栄一郎」を「織田信長」と間違えたのだろうか。
何が明暗を分けたのか
日本の歴史を基にしたゲームとして比較されるのが『ゴーストオブツシマ』だ。米ワシントン州に本社を置くサッカーパンチプロダクションの制作で元寇・文永の役の対馬と壱岐を題材にしている。
こちらは史実というより、黒澤明時代劇にインスパイアされたフィクションで、非常に高い評価を得ている。開発者インタビューを読み比べると、「ツシマ」が「フィクションを描くにあたり綿密な取材をした」のに対し、「シャドウズ」は「史実を描くにあたり想像を膨らませた」。歴史を描くスタンスが明暗を分けた。
日本人の多くは歴史フィクションが好きで、その描き方には寛容だ。歴史フィクションは脚色を楽しむもの。ただし、二次創作で最も気をつけなければならないのが原作を侵さないことであるのと同様、歴史フィクションには超えてはならない一線がある。
坂本龍馬のように作者・司馬遼太郎がフィクション「竜馬」として描いたものを、読者が「史実」として受け止め日本のヒーローとして定着し、フィクションに反する史実が新たに判明しても受け入れがたい状況になっている事例もある。だが、フィクションの創作者が、自らの創作を「事実」として流布することはあってはならない。
また、「フィクション」は著作権侵害や盗用の免罪符にはならない。
歴史フィクションが歴史への興味の入り口になることは間違いない。「シャドウズ」騒動でも多くの人が歴史を調べ、歴史の知識が深まることになった。
「アサシンクリードシャドウズは戦国時代の日本を学ぶことができます」―。その通りなのかもしれない。間違い探しの題材として。
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筆者:影山慎一郎(JAPAN Forward編集委員)
歴史ファン、歴史フィクション愛好家。アサシンクリードシリーズは外伝を除きすべて発売日購入でクリア済み。一番好きなアサクリは「ユニティ」。