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日銀が金融政策を大きく転換した。金融政策決定会合で17年ぶりの利上げとなるマイナス金利政策の解除などを決め、金融緩和の枠組みを変更した。
日銀が重視した春闘で力強い賃上げが確認され、持続的・安定的な物価上昇の目標を実現できる見通しがついたためだ。そう判断した以上、政策の正常化に向かうのは当然である。
この決定が意味するのは、日本経済が長期停滞を脱して本格的な成長力を強化していく可能性の高まりだ。その実現に向けた重要な転機を迎えていることを認識しておきたい。
金利水準が上がれば企業活動や暮らしに幅広く影響を及ぼそう。これが景気を冷やさないよう目を配り「金利ある世界」への対応に万全を期すべきだ。
想定以上に時間費やす
日銀はマイナス金利政策の解除のほか、長期金利を低くするための長短金利操作や、上場投資信託(ETF)の買い入れなども終えた。異次元といわれる大規模緩和策を次々に実施した黒田東彦前総裁時代の政策を終える歴史的な政策転換である。
植田和男総裁は決定会合後の記者会見で、こうした大規模緩和策について「役割を果たした」と指摘した。ただし役割を終えるまで相当の時間を要したことは確かだろう。
リーマン・ショックなどで大規模緩和策を講じながらも、それが収まると引き締めに転じた米欧の中央銀行とは異なり、日銀だけが緩和一辺倒の路線を続けざるを得なかった。「失われた30年」とされる停滞の深みがそれだけ大きかったからだ。
2%の物価上昇率目標をいつまでも達成できなかった日銀の見通しの甘さは批判されるべきである。だが、物価も賃金も上がらないというデフレ期特有の社会通念は強固で、日銀が大規模緩和を継続してきたのはやむを得ない面があった。緩和が経済を下支えしてきた効果を過小評価するのは適切ではない。
もちろん長引く大規模緩和で副作用は拡大した。金利を抑えるため日銀が国債を大量購入し、市場機能は歪(ゆが)められた。日米金利差が意識されて円安が進み、輸入物価を押し上げた。
今回の決定は副作用への対処ではなく、物価と賃金がともに上昇する好循環が見通せるようになったからだが、異例の緩和路線を正常化に向かわせる政策的意義は大きい。不況時に金利を引き下げる余地を確保するためにも、ゼロ近傍に張り付いた金利を経済状況に応じて元に戻していくのが本来の姿だ。
問題は新たな金融政策がもたらす経済への影響である。日銀は当面、緩和的な金融環境を継続する考えで、短期金利を0~0・1%程度に誘導する金融調節を行う。長期金利を抑制するための国債買い入れもこれまでと同程度に継続する方針だ。
利上げの影響に目配れ
物価高に苦しむ世帯はなお多く、原材料費や賃上げコストの上昇が経営を圧迫している企業もある。日銀が緩和的な金融環境を維持し、激変を避けることは妥当である。
ただし、「金利ある世界」へと歩み始める以上は金利の変動に十分な注意を払わなくてはならない。家計の負担増につながる住宅ローンの金利は、政策変更に伴ってどの程度引き上げられるのか。
金融機関から融資を受ける企業にも懸念があろう。長年にわたる超低金利環境を前提に事業を継続してきた中小・零細企業にとって、借入金利の上昇は経営を圧迫する深刻な事態をもたらしかねない。
日銀はこうした状況の推移をきめ細かく見極めなくてはならない。長期金利が急上昇したときには、国債を無制限に買い入れて金利を抑制する「指し値オペ」を実施する方針だが、機動的な政策運営を丁寧に進めることが極めて重要である。
今後の経済・物価動向が日銀の想定通りに進むのかも注視しなければならない。
大企業における賃上げの動きは、期待通りに中小企業にも広がっていくのか。人手不足が深刻化し、かつてのように賃金を上げなくても人を雇えるという状況はなくなった。ただ、賃上げの必要性はあっても、ついていけない企業もあるだろう。
これまで以上に生産性向上や成長分野での収益基盤強化といった経営改善が求められる局面である。金融政策が大きく転換したことを機に、企業がそのための取り組みを一段と強めることもまた重要である。
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2024年3月20日付産経新聞【主張】を転載しています