ロシアは9月3日、「第二次世界大戦終結の日」を迎えた。事実上の対日戦勝記念日だ。戦後75年の今年、ロシアはこの日を従来の9月2日から、中国の「抗日戦争勝利記念日」である3日に移し、足並みをそろえた。
ロシアには「歴史戦」で中国と共同戦線を張って、北方領土の占拠など第二次大戦前後の不法行為を正当化するもくろみがある。
旧ソ連は終戦間際の1945年8月9日、日ソ中立条約を破って対日参戦し、日本が14日にポツダム宣言を受諾した後も一方的侵略を続けた。満州国や朝鮮半島、樺太(サハリン)、千島列島に侵攻し、28日には北方領土の択捉島に上陸してきた。
日本の降伏文書の調印式が行われた45年9月2日以後もソ連の侵攻は続き、北方四島の占拠を5日に終えた。火事場泥棒そのものである。
プーチン露政権は、45年2月のヤルタ協定に基づいて北方領土を領有していると主張する。同協定は米英ソの首脳が、ドイツ降伏後のソ連の対日参戦や千島列島の獲得を密約したものだ。
だが、協定が領土問題の最終的処理を決めたものでないのは自明で、あずかり知らぬ密約に日本が縛られる理由は毫(ごう)もない。北方四島の奪取は、戦後の領土不拡大をうたった大西洋憲章(41年)やカイロ宣言(43年)にも反する。
ロシアが、北方領土をめぐる脆(もろ)い論拠を補強するために利用するのが中国だ。ロシアの駐中国大使と中国の駐露大使は、2日付の国営ロシア新聞に終戦75年に関する見解を寄せ、中ソが大戦で共闘関係にあったと主張した。
露大使は「ソ連は37~41年に3665人の軍事専門家を中国に送った」とし、抗日戦での支援を強調した。中国大使も「中ソは肩を並べて日独と戦った」とする説を唱え、同調した。
ロシアの魂胆は、日ソが37年から戦争状態にあったとの絵を描き、日ソ中立条約に違反した事実をかき消すことだ。
大戦に絡む不法行為を糊塗(こと)する意図は明白である。
中露の歴史攻勢を放置すれば、北方領土と尖閣諸島(沖縄県)の問題で、両国が手を組むような事態にもなりかねない。先の大戦前後の歴史をめぐる彼らの動向を注視し、身勝手な歪曲(わいきょく)には厳しく対処しなくてはならない。
◇
2020年9月3日付産経新聞【主張】を転載しています