もう何度目だろう。高く真っ直ぐに炎が立ち上った炉に、また砂鉄と木炭が投入される。木炭が加わると炎は力を得たように勢いを増す。ふと思った。千年前の人々も同じ炎を見ていたのだろうか-。
いにしえの鉄生産技術「たたら」製鉄が今も息づく島根県東部の奥出雲地方。「真砂(まさ)砂鉄」と呼ばれる良質な砂鉄と、木炭の原料となる豊富な森に支えられ、この地の製鉄は繁栄を極めた。
なかでも島根県雲南市の吉田町は、鉄師(てっし)と呼ばれるたたら製鉄の経営者「田部(たなべ)家」を中心に栄え、白壁の土蔵群などの街並みが往時の姿を残している。この町で、田部家の流れをくむ地元企業「田部」が中心となって奥出雲を盛り上げようと行われた、たたら製鉄の現場を取材した。
参加したのは田部の関係者と、地元企業の人ら計31人。同町の和鋼(わこう)生産研究開発施設が所有する近代たたらで行われた。
火入れは午前9時。午後には1500度の青白い炎が、黄土色した台形状の炉で燃え盛った。30分おきに砂鉄と木炭が炉に投入されると、天井に向かって火花が舞い上がる。
午後6時過ぎ、炉に溜まった「ノロ」と呼ばれる不純物を排出する「ノロ出し」作業が始まった。高温のノロがかき出され、炎をまとうようにトロリと流れ落ちる。
日付が変わった深夜になると、砂鉄と木炭の投入は15分おきとピッチが上がった。日常では体験することのない高温にさらされ、額に汗がにじむ。作業のピークは深夜から明け方。休憩中には黙って座り込む参加者の姿も見られた。
「炎が高く上がった状態を維持するのが一番良いのです」。慌ただしく炉の周囲で動きながら、田部たたら事業部統括部長の林順治さん(58)が教えてくれた。
午前9時、ようやく炉が解体された。鉧(けら)と呼ばれる真っ赤な鉄の塊(約150キロ)が取り出される。鉧は数日かけて自然冷却された後、包丁などに加工されるという。
「難産でした」と話す林さん。疲労の色を浮かべながらも、全員の表情ににじむ達成感が、古来の伝統を現代に伝える誇りをうかがわせる。熱気を発しながら呼吸しているように赤く明滅する鉧が、作業に携わった人々の魂の結晶のように見えた。
筆者:恵守乾(産経新聞写真報道局)
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