Warren Buffett

Warren Buffett (The Whitehouse, Public Domain - 2010)

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史上最も成功した投資家として知られるウォーレン・バフェット氏が、4月に東京を訪れた直後、日本について楽観的な見解を語った。

 

「日本への投資はまだ終わらない」-。

 

これは、5月6日に米オマハで行われたウォーレン・バフェット氏率いる投資会社の年次株主総会を報道したメディアの見出しの一例である。4月に彼が東京を訪れた直後のことで、大物投資家が日本の長期的な経済に対し強気な見解を持つことを示したものだ。

 

台湾半導体の株式を売却し、中国の電気自動車会社BYDから撤退した現在、米国以外では日本の5大商社への投資が彼の唯一の重要な投資ポジションとなっている。

 

今のところ、バフェット氏のこの戦略は見事に成功している。2020年の最初の買い付け以降、三菱商事、伊藤忠商事、丸紅、住友商事、三井物産の株価は軒並み史上最高値に急騰し、その上昇率は全社合わせると2倍以上となっている。

 

投資家向けの大会で、バフェット氏の99歳のビジネスパートナーであるチャーリー・マンガー氏に日本株購入の根拠を説明するよう求められたバフェット氏は、「単純な決断だ」と回答。上述の商社はいずれも「非常に充実しており」、これまでにすでに株式の買い戻しを行い、投資家に対しては手厚い配当金を支払っていると説明した。

 

また、別のインタビューでは、「[日本の5商社の]業務範囲の幅広さは、自社であるバークシャー・ハサウェイと共通したものがある」と語り、「少なくとも今後10年は、これらの商社に投資し続けたい」とも明言した。

 

Warren Buffett
バークシャー・ハサウェイ社の年次株式総会で司会を務めるウォーレン・バフェット氏=5月6日(スクリーンショット)

 

20年、50年先を見据えて

 

バフェット氏は現在92歳。東京には後継者に指名される60歳のグレッグ・アベル氏が同行した。アベル氏は5商社を「素晴らしい投資先」と評しており、バークシャー・ハサウェイの日本株への前向きな姿勢を疑う余地はなさそうだ。

 

バフェット氏が「歴史上最も成功した投資家」と呼ばれるのには、相応の理由がある。もし読者が1980年に彼の会社に1000ドルを投資していれば、現在170万ドル以上を手にしているはずだ。バフェット氏は、堅実な価値観に基づき、忍耐強い長期投資―彼が好む時間軸は「永遠」である―を実践することでこれを達成してきた。

 

彼の発言には注目が集まる。バフェット氏はそれを知っている。オマハでの総会には4万人の聴衆が集まり、その様子はCNBC放送で全編中継された。よって彼が日本の商社や日本そのものについて熱弁を振るっていることは興味深い。

 

彼は今回の来日のタイミングについて聞かれると、次のように答えた。

 

「来年、3年後、5年後の株価が上がるか下がるかということとは全く関係ない。しかし、20年後の日本、50年後の日本、20年後のアメリカは、もっと大きくなっているという強い思いがあります。そして、この5社は日本だけでなく、世界の断面図であると感じています。」

 

Warren Buffett
5月6日に開催されたバークシャー・ハサウェイ社年次総会で、日本への投資について話し合うウォーレン・バフェット氏(左)とチャーリー・マンガー氏(スクリーンショット)

 

コスモポリタン化する日本の価値評価

 

これは一般人の感覚とは異なる見解だ。現在、日本については高齢化、起業家精神の欠如、女性の活躍の場がないなどを理由とし、悲観的な見方をする立場が主流である。しかし、バフェット氏は、そうした既成概念によって世界第5位の富豪になったわけではない。

 

彼が最近、地政学的な問題に敏感になっていることは周知の事実だ。バークシャー・ハサウェイが、非常に異例なことに、台湾半導体企業株を売却した際にも、地政学的な問題を引き合いに出している。しかも、それは最初の購入からわずか数週間後のことだった。バフェット氏のチームの一つが、投資の基本的理念に基づいて投資を行ったのだが、バフェット氏自身が地政学的リスクが高すぎると考え、早急に撤退することを勧めたという可能性が高い。

 

オマハでの総会で、チャーリー・マンガー氏は、米中関係の破綻を嘆き、両国の「愚かさ」を非難した。これについてバフェット氏は「残念ながら、これはまだ始まりにすぎない」と断じている。

 

バフェット氏の目には、よりコスモポリタンな国となり、この分裂した世界において、技術的、軍事的、文化的に重要な新しい役割を果たす未来の日本が見えているのだろうか。それは、習近平率いる中国と対極に位置し、世界から投資と人を集め、独自の影響力を持つ国としての日本の姿なのだろうか。

 

2011年の東日本大震災で巨大津波に襲われた日本

 

2011年の日本との比較

 

しかし、12年前に初めて日本を訪れた際のバフェット氏は、そうは感じていなかった。当時、彼は未公開株取引で買収したばかりのイスラエル企業の日本法人で、津波の被害状況を視察していた。

 

2011年3月の壊滅的な自然災害に対する日本の対応に、彼は多くの同情と賞賛を送った。しかし、投資をすることはなかった。

 

無理もない。当時、日本企業の景況感指標は、それまでの15年間同様にマイナス圏から抜け出せずにいた。そして収益性は極めて脆弱であった。1米ドル=80円という過大評価された通貨と、中央銀行のハードマネー論者が植え付けたデフレマインドも、何の助けにもなっていなかった。2012年の日経平均株価が1983年以来の低水準だったことも不思議ではない。

 

新元号「令和」の書をかたわらに、記者会見する安倍晋三元首相=2019年4月1日、首相官邸

 

「アベノミクスは『買い』です!」

 

そういった状況は、安倍晋三元首相の就任後に一変した。安倍元首相のリフレ政策により、日本企業の利潤と労働意欲は一気に向上したのである。安倍首相は就任早々、ニューヨーク証券取引所(NYSE)を訪れ、鐘を鳴らして「アベノミクスは『買い』です!(Buy my Abenomics!)」と強気の演説をした。

 

これは、東京の株式市場の動向が首相の成功を測る重要な指標となることを示す大胆な行動であった。これほどまでに株式市場を持ち上げる首相は、過去にいなかった。

 

実際、ほとんどの国の政治家は、予測不可能な株式市場の変動についてはコメントすることに慎重である。しかし、安倍首相は、日経平均株価が再び低迷すれば、それは自らの失敗を意味すると理解していた。

 

彼はその言葉を実行に移した。一連の改革では、企業に対し、増配や自社株買いにより積極的に株主還元をするよう「奨励」した。

 

同様に、日本の金融機関もガバナンスの責任をより真剣に果たすよう促された。

 

こうして、投資家と企業経営者の関係は、これまでとは全く異なる進化を遂げた。このような進化がなければ、バフェット氏が興味を持つことはなかっただろう。

 

 

ドリームチームの構築

 

日本の商社も変わった。商社には、昔から優秀な人材が揃っていた。しかし、長い間、日本の外交政策の一翼を担う存在として機能してきた。これは、イラン・イラク戦争でプロジェクト半ばで撤退となったイラン石油化学プロジェクト(現在のバンダレ・エマーム・ホメイニー)のような大失敗を招いた。

 

1990年代には、ある老舗商社が不正取引を規制できず、銅市場で巨額の損失を出した。また、歴史的に見ても、事業への参入・撤退のタイミングを誤るケースも少なくない。

 

しかし、近年では、日本の商社は、より商業的な思考を持ち、資本の使い方に厳格になった。また、小売業、再生可能エネルギー、ヘルスケア、ITなど、独自の専門性を高めている。

 

バフェット氏との共同プロジェクトに積極的に参加したいと彼らが願うようになったということは、日本の商社、そして日本が劇的に変化したことの証左と言えるだろう。日本の商社の資源と能力、そしてバークシャー・ハサウェイの投資技術と先見の明を合わせれば、まさにドリーム・チームが構築されるのである。

 

著者: ピーター・タスカー(英国出身の投資家・アークスリサーチ代表)

 

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