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「ロックンロールの王様」といわれるエルビス・プレスリー(1935~77年)の生涯を、英語能にした舞台が7月、東京と京都で上演される。700年の歴史を持つ能の基本様式を踏まえながら、シテ(主役)がモミアゲのあるプレスリーをモデルとした専用の能面をかけ、デニム素材を使った能装束が新調されるなど、日米文化が融合した異色の新作能だ。
作品は「青い月のメンフィス」(Blue Moon Over Memphis)。1993年に米劇作家デボラ・ブレヴォートさんが能に触発され、プレスリーの歌の歌詞なども交えた脚本を執筆した。それをもとに、日本で「シアター能楽」を主宰する武蔵野大のリチャード・エマート名誉教授が上演の台本作成と作曲を担った。
物語では、熱心なプレスリーファンのジュディ(ワキ)が、彼の命日に墓地のあるテネシー州メンフィスにあるグレイスランドを訪れる。旧邸宅に行くと、ブルースミュージシャンの黒人男性(前シテ)がジュディを招き入れ、2人は墓前でプレスリー談義をする。やがて男性は消え、青い月光の下、ジュディはプレスリーの霊(後シテ)に遭遇する-。
エマート氏は2003年ごろ、米ニューヨークで能のワークショップをした際、ブレヴォートさんの脚本に出合った。「能とエルビス、という突拍子もない組み合わせに、思わず笑った」と振り返る。しかし、大スターであることに疲れ果てたプレスリーが抱える孤独感が描かれていると感じ、英語能として上演できる形式に台本を整えた。
旧来の能面では、エルビスと黒人役に合わないため、能面師に製作を依頼した。彫りが深くモミアゲのあるエルビスの面と、1930年代の伝説的ブルース歌手ロバート・ジョンソン(1911~38年)をモデルにした黒人の面が生まれた。装束も、ワキのデニム素材の着物や、プレスリーのマークを紋にした裃などを新調し、「大まじめに、能にしました」とエマート氏は語る。
2018年に米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で上演したところ、「ラブ・ミー・テンダー」などプレスリーの代表曲の歌詞を盛り込んだ謡曲に客席が沸くなど、盛況だったという。
米国公演に続き、今回の日本公演でもシテを担うジョン・オグルビーさんは「UCLA公演では、英語で上演することでストレートに伝わり、物語が受けたと感じた。能は日本だけではなく、世界の芸術。言語を超えたエネルギーがある」と英語能の意義を語った。同時上演は舞囃子「高砂」(日本語上演)、狂言「梟」(英語上演)。
東京公演は7月19日午後5時半から、早稲田大大隈記念講堂(新宿区)。京都公演は21日午後2時から、金剛能楽堂(京都市)。入場無料だが、事前申し込みが必要。申し込み、問い合わせは柳井イニシアティブウェブサイト(https://www.waseda.jp/culture/news/2024/05/04/23727/)。
筆者:飯塚友子(産経新聞)