Magnetic field of hematite under new electron microscope 70

Hematite magnetic field captured by the new type of electron microscope. Color indicates the direction of the magnetic field (provided by Naoya Shibata, Professor of the University of Tokyo)

新開発した電子顕微鏡で捉えたヘマタイトの磁場。
色は磁場の方向を表す(柴田直哉・東京大教授提供)

~~

 

東京大や日本電子などの研究チームが、独自開発した電子顕微鏡で原子1個の磁場を直接観察することに世界で初めて成功した。9日付の英科学誌「ネイチャー」に論文が掲載された。原理的に電子顕微鏡では磁性を持つ対象を観察できないという長年の課題を解決し、顕微鏡研究の歴史に新たな1ページを加える成果だ。電気自動車(EV)のモーターや半導体デバイスなどに使われる磁性材料の高性能化に貢献すると期待される。

 

微弱な磁場の信号を捉える新開発の超高感度検出器(柴田直哉・東京大教授提供)

 

強い磁場がレンズに

 

EVの電気モーターに使われる磁石や、磁気メモリなど次世代の半導体技術には、磁性を持った材料が使われている。省エネルギーの自動車や情報技術の実現に向け、高性能な磁性材料の開発は喫緊(きっきん)の課題となっている。

 

磁性材料が持つ磁力は、材料の最小構成単位である原子から発生する磁場が源だ。例えば、鉄の原子は、その一つ一つが小さな磁石となっていて、磁場を持っている。棒磁石など、身近にある磁石は、原子磁石の集合体といえる。

 

高性能な磁性材料を開発するには、原子の種類や配列によって異なる磁石の性質を知り、特有の磁場を制御する必要がある。そのためには原子磁石の構造と磁場を直接観察する技術が不可欠だ。

 

しかし、電子顕微鏡は原理的に強い磁場を必要とするため、磁性を持つ試料をうまく観察できない。

 

光学顕微鏡はガラスレンズの組み合わせによって、光を屈折させて小さな物体の像を拡大するため、光の波長よりも小さなものは観察が難しい。例えば、一般的なウイルスは普通の光学顕微鏡では小さすぎて捉えられない。

 

電子顕微鏡は、光のかわりに電子線を、ガラスレンズのかわりに強力な磁場を用いる。磁場に電子を入射すると、磁場から受ける力(ローレンツ力)で曲がる。この現象をレンズとして作用させて像を拡大している。

 

つまり、電子顕微鏡で磁石や磁気デバイス、またそれらに使う磁性材料を観察しようとすると、顕微鏡の磁場によって物質の構造が変わったり壊れたりしてしまうというわけだ。

 

原子の磁場の観察に成功した特殊な電子顕微鏡(柴田直哉・東京大教授提供)

 

88年の難題解決

 

東大の柴田直哉教授(電子顕微鏡材料学)らの研究チームは2019年、「原子分解能磁場フリー電子顕微鏡(MARS、マーズ)」を独自開発した。

 

MARSは、拡大レンズの役割を果たす磁場を上下2段にし、それぞれの磁場を逆向きに発生させる。その間に試料を設置するため、試料上では磁場が打ち消しあう仕組みだ。磁性材料の観察に影響しない「磁場フリー」な電子顕微鏡を実現した。1931年に電子顕微鏡が登場して以来の課題を解決したと注目を集めた。

 

しかし、磁場フリーなだけでは原子の磁場は見えない。原子内部には磁場だけでなく、強い電場が存在する。顕微鏡から入射される電子線を曲げる作用という点では、磁場は電場の約1%程度に過ぎず、強い電場に隠れてしまう。電場に比べて微弱な磁場の作用を可視化しなければならない。

 

そこでチームは今回、非常に微弱な磁場の信号を捉える超高感度検出器と、原子の電場の影響を取り除く画像処理技術を開発。これらを組み合わせて、鉄鉱石の一種であるヘマタイト(赤鉄鉱)の結晶中の鉄原子の磁場を観察することに成功した。

 

ヘマタイト結晶は、鉄原子の層と酸素原子の層が交互に積み重なった構造を持つ。鉄原子の磁場の向きは常温では層の水平方向にそろっており、一層ごとに向きが互い違いになっている。さらに、低温に冷やすと、磁場の向きが90度回転して、層に垂直になると理論的にいわれている。

 

今回、結晶を直接観察した結果、層ごとに磁場の向きが互い違いになっている様子が明瞭に観察できた。試料を約113ケルビン(セ氏マイナス160度)まで冷却し、磁場の向きが90度回転することも確かめた。

 

新開発した電子顕微鏡で捉えた、低温状態のヘマタイト結晶の磁場。色は磁場の方向を表す(柴田直哉・東京大教授提供)

 

顕微鏡の歴史に加わる

 

今後は、さらに低温で試料を観察できるよう研究を進めるという。低温では、物質の磁気構造が目まぐるしく変わる興味深い現象があり、これを観察できれば、物質の性質を探る物性科学の分野で大きな発見につながる可能性がある。柴田教授は「(極低温で物質の電気抵抗がゼロになる)超電導がまさに発現する瞬間が見えるかもしれない」と意気込む。

 

今回の成果は、見えないものを見えるようにしたいと追及してきた顕微鏡研究の歴史に新たな一歩を刻んだ。電子顕微鏡を発明したドイツの物理学者、エルンスト・ルスカは、1986年にノーベル物理学賞を受賞している。2017年には、試料を凍結することで生体分子を観察できるようにした「クライオ電子顕微鏡法」の開発に寄与した欧米の3氏にノーベル化学賞が与えられた。ほかにも顕微鏡関連の受賞は多い。

 

極微の世界を分析する技術の高度化は、科学技術の進展を加速してきた。今回開発された電子顕微鏡を使って、新しい磁性材料の開発や、物性科学の発見といった成果創出が相次げば、ノーベル賞の対象と目されるようになることも期待できる。

 

筆者:松田麻希(産経新聞)

 

 

2022年2月13日産経ニュース【クローズアップ科学】を転載しています

 

この記事の英文記事を読む

 

 

コメントを残す