Sri Lanka

Indo-Pacific countries whose debt to China exceeds 10% of their GDPs (© Sankei)

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インド洋の島国、スリランカの最大都市コロンボで、中国資本による大規模開発事業「コロンボ・ポートシティ」が進んでいる。コロンボ港に隣接する埋め立て地269ヘクタールに金融センターや商業地区、カジノなどを整備し、経済特区とする計画だ。周辺には国家主席の習近平ら中国要人の現地訪問時の写真パネルが並ぶ。その光景を市民はこう皮肉る。

 

「ミニ中国」-。

 

コロンボで建設が進む「ポートシティー」内を歩く労働者。スリランカは、中国の一帯一路構想に基づくインフラ整備を受け入れている=2018年3月(ブルームバーグ)

 

埋め立て地の約4割は中国企業への99年間のリースが決まった。「第二のハンバントタ港になりかねない」とも懸念される。同港は2017年、スリランカが中国への債務返済に窮し99年契約で運営権を貸与した。巨大経済圏構想「一帯一路」を進める中国の「債務のわな」の典型例だ。

 

中国は近年、インド洋の戦略的要衝であるスリランカに積極的に融資を進めてきた。同国で19年に大統領に就いたゴタバヤ・ラジャパクサが対中依存を強め、負担が増す対外債務の返済の調整を中国に求めた。スリランカ国内では政府への抗議デモが広がり、非常事態宣言に追い込まれた。

 

コロンボ市議のプラディプ・ジャヤワルデネ(62)は国の窮状にもどかしさを募らせた。「祖父が大統領だったら、ここまで中国に接近していない。彼はバランスを心掛けた」

 

祖父とは元大統領のジュニウス・リチャード・ジャヤワルデネ。1951年9月のサンフランシスコ講和会議でスリランカ(当時はセイロン)代表を務めた、日本の主権回復の恩人の一人ともいえる人物だ。

 

スリランカ・ジャヤワルダナ元大統領のサンフランシスコ講和会議での演説から70演説を祝う式典であいさつするサンジーヴ・グナセーカラ駐日大使=2021年9月6日、東京都港区(桑村朋撮影)

 

賠償請求権を放棄

 

サンフランシスコ講和条約は連合国が日本への賠償請求権を原則放棄し、請求する場合も現金ではなく技術や労働力による「役務賠償」に限った。1950年の朝鮮戦争勃発など冷戦が始まり、米国が戦略的に重要な日本の負担を軽減し、安定を重視した結果だが、日本に戦時中に占領されたアジア諸国は不満だった。

 

「憎しみは憎しみによっては止(や)まず、ただ愛によってのみ止む」。ジャヤワルデネは講和会議の演説でブッダの言葉を引き、賠償請求権の放棄を宣言。日本の独立がアジアに資すると説いた。他の国々を動かしたとされ、日本の全権代表で首相の吉田茂はメガネを外し、涙をぬぐったという。

 

日本はその後、アジア諸国に賠償を行い、「償い」も込めて無償資金協力や借款などからなる政府開発援助(ODA)を通じ、その発展を支えた。スリランカへの円借款は計1兆1千億円。日本の支援で整備されたインフラは今も現地紙幣のデザインに使われる。

 

周辺が「ミニ中国」化するコロンボ港もその一つ。プラディプは「日本の援助が国の発展に寄与したことは誰もが認める。中国の支援が国をむしばむのは、残念でならない」と嘆く。

 

米エイドデータ研究所の165カ国対象の調査では、「隠れ債務」を含む中国への政府債務が2017年時点で国内総生産(GDP)の10%を超えたのは42カ国。スリランカは12・1%で、ラオス(64・8%)など日本が支援してきたインド太平洋の国々も名を連ねた。13~17年に中国が提供した開発資金は年平均854億ドル(約10兆円)で、日米の合計を上回った。

 

Sri Lanka China Port

 

審査の甘さが問題

 

「プロジェクトの審査の甘さが問題だ」。早稲田大教授(国際開発論)の北野尚宏は、各地で顕在化する中国による“借金漬け”の原因をこう解説する。

 

中国の援助は、事業の受注先などを自国企業に限るタイド式が中心だ。政府の信用供与の下で企業の海外進出を支援する側面が強い。競争が少なく政治的要素も絡み、経済性が低い事業に資金が流れる。金利や返済期間などの融資条件は日本など先進国より厳しいが、環境重視や女性参画などの条件が加わる先進国からよりも、途上国には借りやすいのも事実だ。

 

タイド式の手法は中国自身が受け、3月で終了した日本の援助から学んだともいわれるが、日本は過去に批判を受け改善してきた。

 

中国も近年、対外援助の所管を商務省から新設した国務院(政府)の直属機関に移し、借り入れ国の債務や事業の経済性に配慮するようになったというが、スリランカ下院議員のビジタ・ヘラスはこう語る。

 

「日本が港を奪い取ったか。背後に潜む野心の有無が違う」

 

日本は国際社会復帰を支えてくれた国々の声にどう向き合っていくのか。

 

 

Japan, U.S. and ASEAN on the South China Sea

 

日本モデルで中国に対抗 ODAが映す開発支援と国益確保

 

東南アジア最大の2億7千万人の人口を抱えるインドネシア。首都ジャカルタで2019年に開業した同国初の地下鉄は「日本式」だ。改札では日本でおなじみの非接触型ICカードをかざす。ホームに引かれたラインが整列乗車を促す。

 

「予定時刻通りに運行するのがいい。日本の技術の高さを改めて感じます」と女性客(29)は語る。

 

都市高速鉄道(MRT)は慢性的な渋滞の解消のために計画された。日本は政府開発援助(ODA)で約1250億円の円借款を組み、「オールジャパン」態勢で営業用マニュアルや運行計画の策定、運転手や整備員の育成も支援した。

 

日本は昨年末までに、円借款を用いた首都圏のパティンバン港ターミナルも整備した。中国が日本との競争の末に15年に受注した、ジャカルタ-バンドン間の高速鉄道計画が大幅に遅れているのとは対照的だ。

 

東南アジアは日米などが「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想を掲げ、中国と競り合う主戦場だ。日本はインフラ整備のほか、新型コロナウイルスのワクチン支援なども進める。その際、重要性を増すのがODA。軍事力の行使が制約された戦後日本で重要な役割を果たしてきた外交ツールだ。

 

 

ピーク時の半分

 

戦後賠償に由来するODAの意味は「償い」にとどまらず、その歴史は戦後日本の国際社会での歩みを映し出す。先の大戦で朝鮮半島と中国を失った日本は、特に東南アジアをODAで開発・発展させることで新たな市場と資源の供給元を確保し、日本経済の復興と成長を実現させた。

 

日本による支援は、東西冷戦が各地に波及する中、植民地から独立したばかりの東南アジア諸国の社会・経済安定を図り、共産化を防ぐ米国の戦略の一環でもあった。そして、軍事力を背景としない日本は次第に信頼を獲得していく。

 

日本は人材育成や技術移転にも尽力した。ODA政策を約半世紀にわたり伝えてきた専門誌「国際開発ジャーナル」主幹、荒木光弥は「現地では社会や経済の基盤に日本モデルが根付いている」と感じる。

 

日本は支援を通じて価値観を共有し、親日家と友好国を培い、国際社会における主権を回復してきた。

 

だが、続いて「迷走の時代」が訪れた。日本は1990年代には最大のODA拠出国となるが、それは膨大な貿易黒字に対する欧米の批判をかわすために拠出を増やしたのが要因だ。

 

途上国の貧困や環境が問題になると「国際貢献」重視で支援を多角化し、かえって政策が散漫になった。

 

そして、政府は近年の経済成長の低迷と財政事情の悪化に伴いODA予算を減らし、今やピーク時の約半分にまで削減された。

 

 

問われる総合力

 

「国益の確保に貢献する」。2015年改定の開発協力大綱はODAの役割について初めてこう記した。策定過程では「国益」の表現に強く抵抗した関係者もいたが、議論に関わった荒木は「税金を使っているのだから、日本の生存に必要と言わなければ国民の理解は得られない」との主張を貫いたという。

 

大綱は戦略的重要性に基づく政策推進を原則の一つに据え、日本はFOIP関連事業に注力する。

 

ただ、その前には中国の厚い壁がそびえ立つ。

 

中国は東南アジア諸国連合(ASEAN)との貿易量で09年に日本を追い抜き、今や日本の倍以上となった。シンガポールの政策研究機関によるASEANの学者・研究者を対象とした意識調査では、日本への「信頼度」は高かったが、「地域への影響力」では中国が群を抜いていた。

 

財源の制約上、中国に物量ではかなわない。焦点は「質」だ。荒木は、研究・開発支援を含め、より高いレベルでの技術移転と人材育成に資源を回し、政策立案や制度設計など援助先の将来の国づくりに影響を与えることが鍵とみる。

 

また、長期的な援助戦略を一貫させるため、米英のように援助政策の中枢を担う独立した統括官庁の設置が重要だと強調する。

 

ただし、そのためには日本自身が「ノウハウ」の高度化を図り、先進国入りを目指す東南アジア諸国に必要とされ続けなければならない。ODAは「やればやるほど国の総合力が問われる」(荒木)。

 

13年策定の国家安全保障戦略は日本の主権維持や価値とルールに基づく国際秩序の擁護を「国益」とし、外交は国益増進のために国際社会で日本の主張を浸透させ、支持を集めることだと規定した。ODAが育んだ「日本モデル」はその役割を担う紐帯(ちゅうたい)であり、それが損なわれれば、日本の生き残りはままならない。(敬称略)

 

 

≪ポイント≫
・日本の復帰支えたアジア諸国
・「量から質」の援助で中国対抗
・必要とされ続けるODAを

 

 

2022年4月6日付産経新聞【主権回復】第2部・サンフランシスコ講和条約70年(4)を転載しています

 

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