このところ韓国側で日韓関係改善を模索する動きが目立つ。天皇陛下の即位行事の際、李洛淵(イ・ナギョン)首相の“祝賀訪問”があり、文在寅(ムン・ジェイン)大統領もタイで自分の方から声をかけて安倍晋三首相と会っている。文喜相(ムン・ヒサン)国会議長も訪日の際、関係改善案を語っている。いわば“ビッグ3”が相次いで日本に対し融和的ジェスチャーを見せているのだ。
そこで日本サイドから「あれは本モノでしょうか?」という問い合わせがよくある。とりあえずの答えは「韓国は関係改善にこんなに努力している」「悪いのは強硬論の日本だ」「改善のボールは日本側にある」ということを内外にアピールするのが目的-というものだ。とくに米国からは日本との関係改善を強く迫られているため、米国向けの印象が強い。
タイでの両首脳の出会いを韓国側が一方的に映像にし、友好的雰囲気と発表したのはそうした計算からだ。文在寅政権は左翼政権らしく(?)こうした政治的演出や情報操作はうまい。
韓国の一見したところの対日融和ムードには国内への気配りも当然ある。文政権はチョ・グク前法相をめぐるスキャンダルで求心力が低下。5年任期の半分を過ぎ“下山”に移るところで政権への不満、不安が高まりつつある。その一つに外交における無策ないし停滞感さらには孤立感があるからだ。対日外交の“再開”には世論をなだめ安心させる狙いも垣間見える。
日本の韓国ウオッチャーの間では昔から「韓国が困れば日韓関係はよくなる」という声がある。「韓国が困る」ケースとして経済・外交・安保の3点があり、具体的には(1)経済状況の悪化(2)外交的孤立(3)対北関係の不安-である。
(1)については今年の成長率が1%台にまで低下する可能性や貿易低迷など状況はきわめて厳しい。
(2)では、日本とは対立し米国からは叱られ中国は依然、冷たいため、孤立感が深まりつつある。(3)は一時、北を対話と交渉に引き出したと自慢していたが、非核化のメドは立っていない。3点すべてで「困った」ことになりつつあるのだ。そうなると「まずは日本との関係改善を」という心理がはたらく。この地の地政学環境や歴史的経験から手っ取り早くそう考えるのだ。
韓国にとって日本という存在は「負けてはならない」という対抗心を背景にした「元気のもと」であると同時に、どこか甘えをも伴った「安心のもと」でもある。日本との関係悪化と対立が長く続くと民心も政治も落ち着かなくなり、イラ立ちと不安感が募る。具体的な解決策よりまず「何とかすべきだ」という心理が広がる。
日本は韓国内部のこうしたイラ立ち、じれ、不安をどう活用するか。政権が下り坂に入り、今後さらに与野党、保革、左右の対立が激する見通しのなか、細心の対応が必要だろう。
登山では下りが危ないという。下るときの方が転びやすいからだ。韓国ではこのところ文政権に対し保守派を中心にそうした皮肉な助言が聞かれる。大先輩の盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領に学び、外交をはじめ理想主義的な独り善がりを早く脱し、現実主義になれというわけだ。
筆者:黒田勝弘(産経新聞ソウル駐在客員論説委員)
この記事は11月10日付産経新聞【から(韓)くに便り】を転載しています。