Nippon Steel 001

The signboard sits in front of the building that houses Nippon Steel headquarters in Tokyo's Chiyoda district. (©Kyodo)

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日本製鉄が米国のUSスチールの買収を表明した。鉄鋼国内最大手が大型M&Aに動く背景は何か。世界の製鉄業界の動向から読み解く。

日本製鉄の買収の概要

 

日本製鉄のUSスチール買収の概要は以下のとおり。

  • 買収の取得金額(総額)は141億2600万ドル。USスチールの株式、2023年12月15日の終値=39.33ドル/株に対して、40%の割増し(プレミアム)を加えた価格=55ドル/株で2億2313万5077株全株(2023年12月14日時点の発行済普通株式数)を取得して完全子会社にする。買収資金は国内金融機関からの借入金で対応する。
  • 今後の日程
    2024年上半期:USスチールの株主総会で決議・承認を得る
    2024年第2(4月〜6月)または第3四半期(7月〜9月)に買収実行

 

 

世界の製鉄業界の動き

 

鉄の世界需要は、世界の人口増・経済発展と自動車やインフラ、電子・電気機器の需要などで将来的に増加が予想されている。また、昨今の紛争での兵器需要もある。

 

世界鉄鋼協会の統計では、2022年の世界粗鋼生産量が18億8780万トンで、23年と24年もそれぞれ+1.8%、+1.9%の成長予想である。中でも成長著しいのが中国で、生産量は10億1795万トンと、1国で54%のシェアを占めるダントツだ。中国は1990年代半ばに生産1位の日本を抜いてトップに立ち、経済成長とともに粗鋼生産量を増やしてきた。

 

■世界の粗鋼生産量(2022年、万トン、世界鉄鋼協会)

  • 世界全体:18億8787
  • 中国:10億1795
  • インド:1億2537
  • 日本:8922
  • 米国:8053
  • ロシア:7174
  • 韓国:6584

 

一方で、中国の余剰鋼材はアジアに流れて鋼材市況を押し下げる要因にもなっている。先進国の中でも人口が長期的に増加している米国は、国内での鉄需要が伸びている市場だ。半導体とともに「社会の必需品」である鉄は、産業の基礎として国産化が基本政策となる。外国からの輸入に依存しない自国での安定した生産体制が求められる。インフラ投資法に基づく財政支出による鉄鋼需要増加も後押しし、米国では国内製造回帰の動きが顕著となっている点も注目だ。米中関係悪化も背景で、中国からの安い鉄鋼の輸入を警戒して、米国は国内需要中心の構造になっている。

 

 

合併の意義

 

日本製鉄は2021年3月発表の中長期経営計画で、「総合力世界1位の鉄鋼メーカー」を目指す目標を設定した。その柱として、国内製鉄事業の再構築と合理化、海外事業の拡充、ゼロカーボンへの挑戦、デジタル化の4点を掲げている。グローバル生産体制で1億トンを戦略目標にしているが、今回の買収で、2022年の日鉄の粗鋼生産量=4400万トンとUSスチール=1400万トンの単純合算で世界3位になる。日本製鉄では、30%以上出資の製造拠点でのグローバル粗鋼生産能力は現在の年間6600万トンから、USスチール取得後は8600万トンに増強されるとしている。現在の日本、ASEAN地域やインドに加えて、今回の買収で米国にも鉄源一貫製鉄拠点を拡大できる意義が大きい。

 

■粗鋼生産の企業順位(2022年、万トン、世界鉄鋼協会)

  • 1) 宝武鉄鋼集団(中国)13184
  • 2) アルセロール・ミタル(ルクセンブルク)6889
  • 3) 鞍鋼集団(中国)5565
  • 4) 日本製鉄 4437
  • 5) 江蘇沙鋼集団(中国)4145
  • 27) USスチール 1449

 

日鉄とUSスチールの強み

 

では、次に日本製鉄とUSスチールの特徴を見ていこう。

 

日本製鉄は世界に誇る高級鋼材を生産する技術力で差別化を図り、普通の鋼板の3倍の強さがある自動車向け超ハイテン鋼板や腐食しにくい建材用鋼板、モーターや電装品に使われる電磁鋼板などの優れた技術を持つ。2022年、同社は世界で初めて「電炉」によるハイグレード電磁鋼板を製造した。また、同社のニッケルめっき鋼板は、車載電池のセルケースなどに使用される。需要が高い電気自動車関連の高級鋼材が充実している。

 

日本製鉄の電磁鋼板(共同)

 

鉄の生産方法では、鉄鉱石を原料に、石炭由来のコークスを還元剤とする「高炉」方式と、鉄スクラップを原料に電気を多量に使い、溶解して作る「電炉」方式が日本国内では普及している。石炭を大量に使う「高炉」は多くのCO2を排出する。世界の鉄需要を満たすために鉄スクラップをリサイクルする「電炉」を推進しても年々必要となる粗鋼生産を満たすには不足していて、鉄鉱石からの製鉄は将来的にも必要になる。

 

CO2排出量で多くの割合を占める鉄鋼業界だが、2020年に日本政府は、2050年までにカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出を差し引きゼロにする)宣言をした。

 

日本製鉄は他の国内鉄鋼大手などと共同で、カーボンニュートラルに向けた次世代の革新的技術開発に世界に先駆けて取り組み、産業競争力の強化を狙っている。それが「高炉水素還元」技術で、製鉄所内で発生する水素を利用して高炉のCO2を減らす技術だ。その他に、石炭の代わりに水素を使い還元し、CO2の発生が削減できる「100%水素直接還元プロセス」技術と、その還元鉄を使い高炉並みの生産性がある「大型電炉での高級鋼製造」技術の開発に挑んでいる。

 

一方のUSスチールは米国で粗鋼生産3位の高炉/電炉一貫の鉄鋼メーカー。高級鋼の生産が可能な最新鋭の「電炉」技術を持つ。エネルギー代が安価な米国では「電炉」の普及が7割程度まで進み、USスチールも電炉の能力増強計画を推進中だ。同社は北米生産拠点で使用する鉄鉱石を自給できる鉄鉱石鉱山も保有していて、生産に有利な条件となっている。カーボンニュートラル化への積極投資も行っている。米国内の複数拠点で高付加価値の自動車用鋼板の製造が可能として、グローバル事業の拡大を狙う日本製鉄とのシナジーが高い。

 

1901年に創業したUSスチールだが、1970年代から競争力は低下し、リストラと資産の入れ替えを繰り返してきた。2023年8月に身売りを含めた経営戦略の検討を表明し、複数社から買収の提案が申し込まれた中で日本製鉄の提案が経営陣に受け入れられた。日本製鉄は1980年代以降、米国で事業を展開してきた歴史もある。

 

2023年12月18日の買収発表では、「両社が一体化することで世界をリードする最善の製鉄企業になる」と、両社の世界トップクラスの技術力、商品とカーボンニュートラルへの取り組みを融合させて共に前進することを目指す声明を出している。

 

米ミシガン州のUSスチール工場の標識(ロイター)

 

 

今後の予定と課題

 

米国の経済と産業を支えてきたUSスチール。今後の予定は前述した通りだが、USスチールの労働組合との交渉や株主総会での承認も必要だ。ステークホルダーの納得が得られなければ良好な「縁談」は進まない。また、米国規制当局の審査も受ける。米国政府は、日本が同盟国とはいえ、安全保障上の観点から今回の買収を認可するか精査するとしている。予定によると買収が完了するのは米国の大統領選挙の最中で、政治的議論も避けられない。

 

かつて1980年代に三菱地所がニューヨークの象徴とも言えた「ロックフェラーセンター」を買収した際、「愛国心」が強い米国民や議員から強い反発を受けたことがある。だが時代は変わり、世界の産業構造も大きく変化している。外国企業による米国企業の買収は、両社と全ステークホルダーがWin-Winになれる納得の合併条件と戦略で口説けるかどうかに、この「国際結婚」の成立がかかっている。

 

筆者:海藤秀満(JAPAN Forwardマネージャー)

 

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