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日本銀行は7月28日の金融政策決定会合で、長期金利の許容上限を1%に事実上引き上げた。4月に就任した植田和男総裁は、黒田東彦前総裁時代に始めた長短金利操作(YCC)の修正に着手したわけだが、国債や外国為替の投機を勢いづかせかねない。
金利上昇の負の効果
日本経済は異次元金融緩和などアベノミクスの遺産のおかげで今、着実に復調している。日銀はもとより、投機勢力の思惑に合わせる経済メディアが現下の好循環を壊してはならないはずだ。
日銀の決定は、償還期間10年の国債金利の上限としてきた0.5%を「めど」にとどめ、実際には1%までの上昇を許容する。植田総裁は政策決定会合後の記者会見で、「根拠のない投機的な債券売りがあまり広がらないようにコントロール」すると言明したが、金利変動幅の拡大自体が投機を促進しかねない。
金利0.5%幅の変動は大まかに計算すると、国債元本相場の5%の増減を意味する。日本の国債売買額は6月時点で1日当たり平均が134兆円と巨額で、元本相場の変動分は1日6.7兆円だ。つまり、国債の売り買いで収益を稼ぐ金融機関にとって大歓迎ということになる。だが、国家と国民経済にとってはマイナスになり得る。
金融市場の要である日本国債の市場は短期的な売り買いを得意とする投資ファンドなど外国系の売買シェアが38%を超えており、日銀の国債取引先である国内の金融機関を圧倒し、相場をリードしている。国債金利の上昇は国債相場の下落を意味し、国債保有残高が3月末で576兆円に上る日銀資産を直撃するばかりではない。政府の国債発行コストを上昇させ、財政運営の障害になる。
満を持す外資系ファンド
日銀決定に先駆けて日本経済新聞が28日付朝刊1面トップで「日銀、長期金利0.5%超え容認」と報じると、同日午前、それまで0.45%前後に落ち着いていた長期金利は激しく動き始め、日銀による正式発表後は急騰し、0.575%となり、米欧の金融市場にも伝播した。円建て資産を代表する日本国債相場は当然のように円相場に波及し、日本国内外での円売り投機が誘発された。
植田総裁は前述の会見で「後手なら副作用が拡大する」と言い、長期金利の柔軟化で先手を打ったつもりのようだ。だが、日銀の影響外にある外国系投資ファンドは28日の投機収益に味を占めて、次には長期金利1%の許容上限の突破、さらにYCCそのものの撤廃に向けて虎視眈々たんたんと機会をうかがうだろう。(了)
筆者:田村秀男(国基研企画委員・産経新聞特別記者)
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国家基本問題研究所(JINF)「今週の直言」第1060回(2023年7月31日)を転載しています