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「月の引力が見える町」
そんなうたい文句に誘われて、有明海に面した佐賀県太良町を訪ねた。
波打ち際に並ぶ、水に浸った3基の鳥居が異彩を放つ。満潮時には海中に沈み、干潮になると石畳の参道が現れた。鳥居の姿の移り変わりで、月の引力が及ぼす干満差を目の当たりにできる。
しかし、なぜ海中に鳥居が建っているのか。地元には、その起源にまつわる言い伝えが残っている。
昔、住民を苦しめていた悪代官を人々が有明海に浮かぶ「沖ノ島」に酒宴を口実に誘い出して、置き去りにした。次第に潮が満ち、島が水没し始める。悪代官は神に助けを求めた。すると、大きな魚が現れ、その背に乗って命からがら逃げ延びた。日ごろの行いを悔い改めた悪代官は、海岸に「大魚神社」を建立、以来、住民らは平穏に暮らしたという-。
その大魚神社の参道に江戸中期に建てられたのが、海中鳥居だ。鳥居は、約30年に1度建て替えられ、守り継がれてきた。しかし、近年は朽ち果てたまま放置されていたため、見かねた地元住民らが平成24年に建て替えた。
真新しくなると、海中にたたずむ神秘的な姿が一躍有名になり、佐賀県内有数の観光スポットとなった。今の地域住民にとっても、結婚式の前撮りや成人式の記念撮影を行う大切な場所だ。
現在の鳥居は、2月に建て替えられたばかりのもので、鮮やかな朱色が、青い有明海と美しいコントラストを描いている。
建て替えを呼びかけた「栄まちおこし会」の山口渡会長(80)は「鳥居の伝説は祖父母からよく聞かされていたし、昔から子供たちの遊び場だったので、朽ちていくのは見過ごせなかった」と話す。
これからも、古くから住民らに大切にされてきた海の鳥居は、繰り返される潮の満ち引きとともに、町を見守っていく。
筆者:桐原正道(産経新聞写真報道局)