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A scene from "Unoha" at Udo Shrine on May 4. (©Mika Sugiura)
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封印されていた日本の古典芸能の能の演目「鵜羽」(うのは)がゆかりの神社「鵜戸(うど)神宮」で、初めて上演された。境内にしつらえた舞台で、人間国宝の大槻文蔵さんら出演のもと、神話の世界が再現された。
約300年ぶりに復曲された幻の演目「鵜羽」が5月4日、作品の舞台である宮崎県日南市の鵜戸神宮で初上演された。観世流シテ方の人間国宝、大槻文藏さんらが出演のもと幽玄な神話の世界が再現され、約300人の観客らを魅了した。
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神話の世界の再現
「とうとうたらり たらりら~」
早朝から降り続いた雨がやみ、夕闇にかがり火が揺れる。
鵜戸崎岬の突端にある鵜戸神宮で開催された奉納薪能は、大槻さんの「神歌」(かみうた)で始まった。大槻さんは天下太平、国家安穏を祈念して浪々と謳いあげる。
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続いての狂言「樋の酒」では、人気狂言師の野村萬斎さんが、ユーモラスな演技で、会場を沸かした。
「鵜羽」では、実際に鵜の羽でしつらえた産屋も舞台に設置され、主祭神ウガヤフキアエズノミコト誕生のストーリーを迫力のある華やかな舞で表現。数千年の月日を超えて観客を神話の世界へといざなった。
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神武天皇の父誕生
「鵜羽」は、室町時代に能を完成させた世阿弥が神話を元に作った。ストーリーは「海幸」「山幸」の神話が原型になっている。
海で漁をする海幸彦(兄)と山で狩りをする山幸彦(弟)が、あるとき道具を交換したところ、山幸彦は兄が大事にしていた釣り針をなくしてしまう。兄に許してもらえなかった山幸彦は、海宮(わたつみのみや)に針を探しにいく。そこで出会った海神の娘、豊玉姫と恋におちる。
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3年の月日が経ち、針を探しにきていたことを思い出す。海神に海の魚を集めてもらったところ針が見つかり返したのだが兄は納得しない。山幸彦は、海神から授けられた潮の満ち引きを操る2つの玉で、兄を懲らしめる。
しばらく経ち、身ごもった豊玉姫がお産にやって来る。お産の姿を見ないでほしいと懇願する豊玉姫との約束を破り、山幸彦はのぞいてしまう。豊玉姫はサメ(ワニとも言われている)の姿になっていた。辱めを受けた豊玉姫は子を残し、海に帰ってしまう。「日本書記」では産屋の屋根を鵜の羽根で葺き終える前に出産したと記述されており、それが主祭神の名の由来になっている。後に、成長し、生んだ子どもの一人が初代天皇とされる神武天皇だ。
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舞台では、豊玉姫の仮の姿の海女(あま)が、鵜戸の岩屋にやってきた僧侶に経緯を語ると、豊玉姫の神霊が現れ、2つの玉の奇跡を見せて舞う。
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鵜戸神宮の本宮は、産屋の跡とされる岩屋(洞窟)の中にある。豊玉姫が帰る前に、子の健康を祈り自分の乳房を切り取り岩に張り付けたという「お乳岩」が存在する。「鵜羽」上演では、豊玉姫が子が祀られた地で、愛する子を残して去った母の深い悲しみを、舞にして表現した。
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300年封印の歴史
世阿弥の名曲「鵜羽」には実は、血なまぐさい歴史がある。室町幕府6代将軍、足利義教が暗殺された「嘉吉(かきつ)の乱」のとき、演じられていたのが「鵜羽」だった。江戸の徳川幕府第5代将軍・綱吉は不吉を嫌い、上演を禁じた。それまでは人気の演目だったが、武士の保護下にあった能は徳川家に嫌われたため、封印されてしまった。それを大槻さんが1991年、約300年ぶりに復曲した。
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「音楽性があり、動きにも富んでいる。ゆかりの地で神様に奉納できて本当によかった」と大槻さんは語る。
野村さんは「鵜戸神宮はまさに自然と共生する神社だ。狂言でも鵜の舞を披露したのは思い出に残る」と話した。
費用はクラウドファンディング
能は、能楽師らがいる東京や大阪と違って、地方での公演は人材、財政的にも困難を伴う。黒岩昭彦宮司はゆかりのこの神宮で「鵜羽」を演じてもらいたいと昨年5月、大槻さんに頼みこみ、クラウドファンディングで公演費用を捻出した。
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黒岩さんは「北海道から沖縄まで140人余の人から740万円の支援をいただき、実現にこぎつけました」と感無量の様子だった。
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観客の多くは地元の人だった。日南市観光協会会長の清水満雄さんは「今回の公演で初めて鵜羽を知った。機会がなかった」と話した。
海外にも発信を
鵜戸神宮の参拝もインバウンドが増えてきているという。この日、出会ったフランス人家族に、能公演について教えると「機会があれば見てみたい」と関心を示していた。
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大槻さんは「神社は信仰と観光の地でもあり、いろんな要素がある。海外の方にも、日本には色々な神様がいるというルーツを知っていただければ面白くなると思う」と話す。
600年を超える日本の伝統芸能の能や狂言。日本神話と自然とが融合したゆかりの地での公演は、日本最強のコンテンツだ。宮司の情熱で実現した公演をぜひ続けてほしい。
筆者:杉浦美香