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日本の対台湾窓口機関、日本台湾交流協会台北事務所で、5月まで防衛駐在官に相当する安全保障担当主任を務めた渡辺金三元陸将補が産経新聞に寄稿し、台湾海峡有事をめぐり米台間の軍事協力が進む現状を紹介、日本も防衛分野で台湾と直接対話を開始すべきだと呼びかけた。
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米インド太平洋軍司令官(当時)が3月、中国の台湾侵攻が「6年以内」に起きる可能性に言及したことや、4月の日米首脳会談の共同声明で「台湾海峡の平和と安定の重要性」が明記されたことで、台湾海峡有事に関する議論が高まっている。大いに歓迎すべきだが、政治的な解釈が多く、純粋に軍事的な議論が広がっていない。
多くの人は「中国の強大な軍事力なら台湾海峡など難なく渡れる」と考えるかもしれないが、実際は生易しくない。台湾海峡は広いところで幅200キロを超し、潮流が速く大規模な艦艇群の整然とした行動は困難で、水深が浅く潜水艦の運用も難しい。冬場は強風と濃霧が航空機の飛行を妨げる。台湾には数カ所を除き大部隊の上陸に適した場所がなく、上陸侵攻側に極めて厳しい地形と気象だ。
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一般的に攻撃側は防御側の3倍の戦力が必要とされる。台湾海峡の地形と気象を考慮すればさらに倍が必要と思われるが、中国側は水上艦艇や戦闘機で必要な兵力を保持していない。中国は多数の地対地ミサイルを配備しているが、台湾も非公開ながら大陸を射程に収めるミサイル250発程度を保有しているとみられ、中国側は相当の反撃を受ける。
最終的な決め手となる陸上兵力の輸送能力は1万5千人程度とみられるが、台湾の陸軍約9万人が数カ所しかない上陸場所の防衛を準備していることを考えれば、中国による本格上陸は、ほぼ不可能と考えられる。
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現時点で中国軍が実施できるのは、軍事的威嚇、経済封鎖、航空機・ミサイルによる攻撃、離島占拠や特殊部隊による要人殺害などだが、台湾当局が住民の支持を取り付けている限り、これらの作戦で台湾を占領することはできない。むしろ、台湾に独立を宣言するきっかけを与え、国際社会から武力行使への反発を受け中国が孤立することになる。
ロシアによるクリミア半島併合と同様のグレーゾーン作戦で傀儡(かいらい)政権を樹立することも、民主主義が定着している台湾では容易ではない。
中国自身はどう考えているのか。昨年5月、太平洋で行動する空母を含む米艦艇で新型コロナウイルスが蔓延(まんえん)し長期間の寄港を強いられた際、中国のメディアなどでは台湾侵攻の好機だとの意見が広がった。だが、著作「超限戦」で知られる中国の喬良(きょう・りょう)少将は「米軍との実力差は明らかで軽率に行動してはならない」との文章を発表した。軍や党の許可を取っているはずであり、中国の上層部は米中の軍事格差をよく理解している。今後、考えられる行動としては、国内で大きな問題が発生して中国共産党の独裁的な地位を揺るがす事態になり、人民の目を外に向けるため勝算がないまま侵攻する可能性はある。
ただ、米国と台湾の防衛協力の枠組みはトランプ前政権下で大きな変化を遂げた。2018年2月に米国家安全保障会議(NSC)が作成し21年1月に機密解除された文書「インド太平洋戦略枠組み」では、「台湾を含む第1列島線上の国家を防衛する」とされ、1979年の米台断交以降、米国が「台湾関係法」でも言及してこなかった台湾防衛が明記された。
2018年以降、米海兵隊が訪台して台湾の海軍陸戦隊の訓練を指導し、米台の特殊部隊同士が台湾で訓練を実施している。20年には「米台共同評価会議」という作戦レベルでの整合を図る枠組みが設置された。新型コロナウイルスの影響で交流は停止されているが、コロナ後に米台の軍事協力が質的に変化していく可能性は非常に高い。
その一方、日米間で台湾海峡有事に関する相互調整は進んでおらず、日台間に防衛上の協力関係は全く存在していない。台湾海峡有事は日本への武力攻撃事態となる可能性が十分に考えられる。早急に日台間の防衛交流を開始する意思決定を行い、秘密情報の交換・通信態勢を整えて直接対話を進めるべきだ。
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【プロフィル】渡辺金三(わたなべ・きんぞう) 日台交流協会前安保主任
1959年、山梨県生まれ。82年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊に入隊。在マレーシア防衛駐在官、陸上幕僚監部調査部、情報保全隊司令などを歴任。2016年に陸将補で退職後、今年5月まで、日本台湾交流協会台北事務所で安全保障担当主任。
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