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戦争犯罪を裁く国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)の赤根智子所長が来日し、6月14日に産経新聞の単独取材に応じた。ICCを巡る政治情勢が緊迫する中、今年3月に所長に就任した赤根氏は「人間到る処青山あり。自分の墓を作る所はどこにでもある、と思い切るしかない」と覚悟を語った。日本について「ICCの最大拠出国なのに、『人道に対する罪』を裁く国内法がない。法整備を進めてほしい」と訴えた。
ICCは昨春、ウクライナ侵略に関連してプーチン露大統領に逮捕状を発付。ロシアは報復として担当判事だった赤根氏を指名手配した。パレスチナ紛争ではICC検察局がイスラエルのネタニヤフ首相に逮捕状を請求し、同国や米国が強く反発している。
こうした情勢を受け、赤根氏は「われわれは裁判で正義を実現する。裁判官への政治圧力があってはならない」と述べた。逮捕状については「判事は事実と証拠だけをもとに発付の是非を判断する」として、政治的配慮はしないと明言した。ICCは昨年9月にサイバー攻撃の標的になったと明かし、所長として安全確保が課題だと強調した。
「女性だから、なめられたことも」
日本の法制度をめぐっては、「現状では戦争犯罪の被疑者が入国しても、裁くことができない場合が多い」と懸念を示した。アジアでも人権侵害や紛争が広がる恐れがあると指摘し、ジェノサイド(集団殺害)条約加盟も促した。
ICCには日本人職員が少ないとして、「若い人にもっと活躍してほしい」と期待を語った。1982年の検事任官からの道のりを振り返り、「真実を追及することは、被害者に正義をもたらすこと、という思いが原点だった。若いころは、女性だからとなめられたこともあった。『辞めずにがんばれ』という周囲に支えられた」と話した。
赤根氏は東京高検や最高検検事などを務め、2018年にICC裁判官に就任。今年3月に日本人として初めてICCの所長に選出された。
赤根氏との主な一問一答は以下の通り。
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――ICCを巡る緊張が高まっている。現場の様子は
昨年9月にサイバー攻撃を受けた。完全なシステム復旧はまだできていない。セキュリティー強化は、所長としての重要な仕事。裁判官に対する圧力はあってはならない。
――ICC検察官がイスラエル首相とパレスチナ武装勢力指導者に逮捕状を請求し、米国が反発している。テロリストと民主国家の首脳を同列に置くなという主張に対しては
刑事司法に対して、的外れな主張であるというほかはない。逮捕状を出すかどうかは、3人の担当裁判官が、事実と証拠だけをもとに判断する。ICCは裁判を通じて正義を実現するのが仕事。政治的な判断をすれば、自ら司法の役割を否定することになる。
――日本の役割は
今年3月の所長選で立候補するかどうか迷っていたとき、『日本は金を出しているのだから、口も出せ』と同僚の裁判官に背中を押された。一方で、日本の現在の法制度では、戦争犯罪を犯した人が入国しても裁けない場合がある。『法の支配』を掲げる日本が、このままでよいのだろうか。
日本の司法制度は世界的にも非常に水準が高い。汚職が少なく、どんな小さな地方都市でも十分高度な捜査公判ができる人材がいる。その力をICCで生かしてほしい。
「英語には苦労した」と振り返る
――これまでの歩みは
高校生のころは理系志望だった。女性の就職が難しい時代で、父親に『一生仕事をしたいなら、法学部で資格を取れ』といわれ、東大法学部に進み、検事になった。『真実を追及し、被害者を正義によって救いたい』と思った。若いころは、女だからと被疑者になめられたこともある。そういう時代でもあった。
――国際法廷で働く資質とは
私は32歳のとき、休職して米アラバマ州に留学した。現地の英語がよく分からず、苦労した。ICCでも最初のころは、他の裁判官の議論についていけないことがあった。同僚に支えられてやってきた。辛いときも努めて明るく振る舞い、くよくよ長く悩まずに前を向ける資質があると良い。
聞き手:三井美奈(産経新聞)