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第40回アジア競馬会議(ARC)が、アジア競馬連盟(ARF)の主催で8月27日から9月1日まで札幌で開催される。今大会は「Be Connected, Stride Together(つながろう、ともに歩もう)」をテーマに掲げ、急速に変化する世界において、競馬というスポーツエンターテインメントを発展させるという確固たる信念を体現し、競馬の活気あふれる持続可能な未来への道筋を描くため、真剣な議論を交わす舞台になる。
世界規模の競馬国際会議の開幕に先駆け、日本競馬を牽引するJRA(日本中央競馬会)の吉田正義理事長に、札幌大会のテーマや札幌で開催することの意義などを聞いた。
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――今回、16年ぶりに日本でアジア競馬会議を開催することを日本から提案した経緯を教えてください
この会議は、アジア競馬界における親睦と相互理解を深めるため、1960年に初めて開催されました。開催を提案したのは日本とビルマ(現ミャンマー)の2カ国でした。今回はアフターコロナという新しい時代になっていること、そして40回という節目ということもあり、「アジアそしてグローバルな視野で競馬の共通問題を討議研究する場」として、将来的な持続可能性を提唱できるのではないかという思いもあり、日本での開催を提案しました。
――過去4回開催された日本大会の会場はいずれも東京。今回、初めて北海道札幌市で開催される意義をどう捉えていますか
競馬産業は、サラブレッドの「生産」、「育成」、「調教」、「競走」を経て「生産」に戻るというサイクルが大変重要と考えています。競馬という表舞台を支え、世界レベルのレースを提供するための基礎となるのが生産です。日本で生産の中心は北海道。それを意識しての選択でした。日本で年間に生産される約8000頭のサラブレッドのうち98%が北海道生まれで、約270頭いる種牡馬のうち244頭が北海道にいます。日本のサラブレッド生産・産業の中心地で、世界の方々に競馬産業のいろいろな面も含めて「日本の競馬」をご覧になっていただきたいというのが北海道で行う大きな趣旨です。
――昨秋のJAPAN Forwardのインタビューで、吉田理事長は、北海道について「日本の生産、育成、競馬、競走生活が終われば生産に戻るという、そのサイクルを象徴する場所といえます。生産者と主催者がこれだけ密に話している国はおそらく他にないでしょう」と話していました
他の国の主催者も生産者といろいろ話をされていると思いますが、日本では馬券の売上げを原資とした競走馬の振興を図るためのサポートをJRAや地方競馬全国協会(NAR)が行っております。どういったサポートをすれば生産者のためになるか、生産者の方々にニーズを聞く必要があり、そういった面での会話は、各国固有の事情もあり、海外では珍しいのではないかと思います。民間牧場が競馬主催者の馬券の発売金を原資とする資金を積極的に投資していく日本モデルというのは、なかなか世界にはないと思っています。
――今回はどのような国や地域から、どれくらいの方々が参加されるのですか
アジア各国のほか世界各国から競馬統括機関などのトップの方々などが来日します。海外から600人ほど、国内の参加者を含めて800人程度を予定しています。
――第1回アジア競馬会議が開催されたのは先ほど理事長からも話が出た1960年でした。日本競馬の世界的位置付けは当時から劇的に変化したといえます
「生産」、「競走」を経て「生産」に戻るという循環を下支えしているのがお客さまです。お客さまからの馬券の売り上げを生産にうまく還元できれば、種牡馬や繁殖牝馬の購買にもつながり、賞金の増加やそれに伴い馬主による競走馬の購買にもつながります。こうして日本の馬が強くなってきたと考えています。
今年1月にはイクイノックスがロンジンワールドベストレースホースに、ジャパンカップがワールドベストレースになりました。初めて日本のレースが世界一になっただけでなく、宝塚記念、天皇賞(秋)、有馬記念もベスト10に入りました。世界のベスト10に日本の4レースが選ばれたのは、日本の馬の能力の高さが評価されたのだと改めて思っています。
――日本の競馬が世界の一流国に比肩するまで上がってきた原動力は何だと思いますか
1970年代から「世界に通用する強い馬づくり」を提唱して、1981年にはジャパンカップの創設、2007年の国際セリ名簿基準パートI国への加入など、馬主、生産者、調教師らすべてのホースマンの絶え間ない努力でここまで来たのかなと思っています。
中でも2つ大きなポイントがあると考えています。ひとつは公正確保の徹底によってお客さまの信頼をいただき、馬券の売り上げにつながったこと。もうひとつはメディアの皆さんの力です。メッセージや情報をお客さまに伝えるにはメディアの協力は欠くことができません。日本の場合、多くの新聞社や競馬専門紙がいろいろな形で的確な情報をお客さまに伝えてくれています。メディアが広く、いろんな情報を提供してくれることで、単なるギャンブルという先入観を払拭してくれているだけでなく、新規のお客さまの参入という意味でも大きな効果があると考えます。私が見る限りでは、海外とは比較にはならないくらい日本ではメディアが競馬を取り上げてくれています。
――今の日本の競馬はアジアのみならず世界からも注目されています。今回の札幌大会を通じて、日本の競馬のどういうところを発信していきたいと考えていますか
生産・育成の現場を見る機会も作れると思いますので、そこで日本の競走馬の質の高さや優秀さを改めて認識いただければ幸いです。そして、これまで申し上げてきたように、馬券の発売金が循環する競馬産業の構造、お客さまをはじめ多くの方々に支え続けていただける仕組み、そういったことを発信することで、世界各国の競馬産業の発展の一助になれば、と考えています。
また、NARも6月26日にアジア競馬連盟のアフィリエイトメンバー(提携会員)となり、代表者がビジネスセッションの「ARF地域における競馬の発展と変革」において登壇する予定です。地方競馬では、今年ダート競走の3歳3冠路線が整備され、今後は段階的に国際格付けの取得を目指しているということです。こうした取り組みを世界に発信することで、日本競馬全体の国際化がますます進展し、より多くのブラックタイプ(パートIでの重賞およびリステッド勝利)の獲得が生産地にも恩恵をもたらすことが期待されます。
――期間中はさまざまなテーマのビジネスセッションが予定されています。理事長が特に注目されているものはありますか
いずれも今日の競馬産業において盛んに議論されているテーマなので、全部注目していますが、あえて申し上げればセッション1の「競馬の現状」、セッション5の「公正確保・新時代の技術に向き合う」、セッション8の「サラブレッド生産・未来への挑戦と機会」と思っています。セッション1では私どもの前理事長、後藤正幸総括監ら世界各国の競馬産業を率いる方々が登壇します。また、最新技術テクノロジーの進歩の中で馬券発売を行っていく上でいろいろな課題が出てくるので、セッション5は、それに対し主催者が公正確保を含めてしっかり対応するにはどうすべきかなどを話し合う機会になると思っています。
――セッション8の「サラブレッド生産・未来への挑戦と機会」はいかがですか
米国で牧場を経営している吉田直哉さんやノーザンファーム副代表の吉田俊介さん、社台ファーム副代表の吉田哲哉さん、ビッグレッドファーム代表の岡田紘和さんら生産者が登壇します。人材確保の問題など競馬産業の将来やさまざまな課題等について実務を担う皆様からどのような話をお聞きできるのか非常に興味があるところです。
人材確保、暑熱対策、アニマルウェルフェア(動物福祉)。この3つが今後の競馬産業における大きな課題だと思っています。JRAだけなく産業全体で取り組んでいかなければなりません。すでに動き始めている取り組みもありますが、生産者の方々から貴重な意見が聞けるといいなと楽しみにしています。
――セッション2「競馬ファンのニーズに応える」ではJRAの取り組みも紹介されます
さまざまな技術革新の中でも映像提供のあり方は重要です。最近のお客さまにとってスマホは欠かせません。JRAの馬券の発売金の約80%がネット投票で、そのうちの約70%がスマホによる投票です。スマホで馬券を買うことができ、映像も見られ、情報も取れるので、公営競技とスマホの親和性は相当高いと思います。スマホにどういう新技術を投入してコンテンツを作れるかが、今後、大切になっていきます。昨年から始めたジョッキーカメラやトラッキングシステムなどの新技術を使ってさらに情報を深められないか。それをスマホにどうやって送るか。ここで後れを取ると大変だと認識しています。
――アジア競馬会議と並行して、競走馬のアフターケアに関する国際フォーラム(IFAR)が8月27日に札幌で開催されます。今年、引退競走馬に関するさまざまな課題や馬のウェルフェアの充実に取り組む団体、一般財団法人Thoroughbred Aftercare and Welfare(略称:TAW)が設立されました。今後、この課題にどのように取り組んでいくとが大切と考えていますか
IFARは2017年に活動を開始し、日本も最初から参加しています。国内の方でも競馬産業全体で取り組むべきということで、同時期に軌を一にして農水省、JRA、地方競馬、馬主、調教師、騎手、生産者のオールジャパンで検討してきました。
今年4月に設立されたTAWもオールジャパンでやっていきます。これまでは引退競走馬の「セカンドキャリア促進」と「養老・余生対策等」の2本を中心に取り組んできました。今後は馬を扱う人づくりや馬をどこに繋養するかなど、広い意味で引退競走馬の利活用促進や福祉を加えた形で進めることが大切だと思っています。
具体的な一例を挙げると、宇都宮事業所で競走馬が乗用馬になるまでの間、休養したり一時預かりで調教したりする事業を始めたところです。最大で30頭を6サイクル(1サイクルは約1カ月)で回していくことを目指しています。
――今後、日本の競馬がアジアの中、世界の中で目指していく方向性についてどのように考えていますか
わが国の競走馬の質が高まっているのは世界的に認知されています。その中で、「競馬には国境がなく、サラブレッドは世界共通の資産である」という考えが重要なベースだと思っています。世界中の人から愛される競馬というスポーツエンターテインメントの発展を図っていくことが何よりも大切であり、JRAもそれに貢献していきます。気候変動などに対応したSDGsへの取り組みや馬の福祉の充実、ギャンブル依存症対策など大きな課題があります。JRAとしては各国の事情をしっかりと理解しながら連携し、一緒に進んでいくという姿勢が何よりも大切だと思っています。
取材・構成:鈴木学(サンケイスポーツ)
■ビジネスプログラムセッション日程
※参加申し込みは7月31日締め切り済み
8月28日
- Session 1 競馬の現状(ウインフリート・エンゲルブレヒト・ブレスゲスARF会長らが登壇)
- Session 2 競馬ファンのニーズに応える
- Panel Discussion 騎手の声(武豊、クリストフ・ルメール両騎手が登壇)
- Session 3 ポップカルチャー・競馬のストーリー性
8月29日
- Session 4 賭事の未来
- Session 5 公正確保・新時代の技術に向き合う
- Panel Discussion 日本のホースマン(矢作芳人調教師、生産者・三嶋健一郎氏が登壇)
- Session 6 ARF地域における競馬の発展と変革
8月30日
- Session 7 馬の福祉と産業の持続可能性
- Session 8 サラブレッド生産・未来への挑戦と機会
(世界競馬主要国の生産者に続きノーザンファーム・吉田俊介副代表、社台ファーム・吉田哲哉副代表、ビッグレッドファーム・岡田紘和代表らが登壇) - JRA後藤正幸総括監による基調講演
- Session 9 競馬関係者の福祉と包括性(藤井勘一郎元騎手らが登壇)
■アジア競馬会議(ARC:Asian Racing Conference)
アジアにおける競馬開催国の親善と相互理解の促進、加盟国間の競馬交流を目的として、日本とビルマ(現ミャンマー)の提唱により創設された世界規模の国際会議。アジア・オセアニア・中東など28の競馬実施国(地域)が加盟する「アジア競馬連盟」(ARF:Asia Racing Federation)において、16~30カ月ごとに加盟国間にて持ち回りで開催される。1960年に第1回大会が東京で開催され、7カ国12機関が参加した。これまでの日本での開催は、第1回(1960年)、第8回(1969年)、第18回(1985年)、第32回(2008年)で、開催地はいずれも東京だった。