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自民党の安倍晋三元首相は4月21日、都内で開かれたシンポジウム「台湾海峡危機と日本の安全保障」(主催・日本戦略研究フォーラム、後援・産経新聞社)で講演した。講演の概要は以下の通り。
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ウクライナと台湾では共通点がいくつかある。1つは軍事バランスが大きく一方に傾いている。もう1つは、両者とも、同盟国が存在している。同盟国の存在がないということは、ともに戦ってくれる国がないということだ。相手国が国連安保理の常任理事国である場合は、残念ながら安保理は機能しない。
違いは何か。台湾にとってはよいことではないが、ウクライナは独立国として世界中から承認され、国連にも加盟している。台湾は残念ながら、ほとんどの国が独立国としては承認してない。国連の加盟国でもない。ロシアによるウクライナ侵攻は明々白々な国際法違反になるが、中国が台湾に対して侵攻した場合は「領土の一体性を確保するための行動」という彼らの言い分について、一方的に国際法違反だということにはならない危険性が高い。
同時に、中国とロシアは経済力が全く違う。今回、ロシアを非難した多数の国々が、同じように中国を非難できるか。アジアやアフリカの国々も二の足を踏む可能性が十分にある。
そういう中で、中国の武力行使を防ぐために、われわれが何をなすべきかということが大切だ。
台湾と中国だけではなくて、日本と中国の軍事バランスも大きく崩れている。日本自身も努力をする必要がある。「戦略3文書」に関する自民党の提案に、防衛費について5年以内にGDP比2%を達成することが書き込まれると期待している。
自民党はオープンな政党だから、いろんな議論をする人がいる。たまたま私が2%と言い出した。誰とは言わないが、私が言うと反対する人がいる。「まず数字ありきではなくて積み上げでなければならない」という人がいる。政治家の発言とは思えない。財務省の主計の補佐みたいな発言だ。では積み上げていって5%だったら5%にするのかという話だ。国家意思を示すべきだ。
NATO(北大西洋条約機構)加盟国は1カ国の例外もなく2%にしていくと合意した。平和と安定をつくる負担を、それぞれの国々が、その規模によって背負っていこうという中で、日本も当然、負担を背負っていくべきだ。
日本は米国はじめ多くの国々に、もっと軍事的なコミットメントを増やしてもらいたいと要求してきた。それに応じ、米国はもちろん、英国やフランス、カナダ、ドイツ、オランダも艦艇などを(インド太平洋に)派遣している。地域の平和と安定に世界の協力が必要だと言っている日本自体が、予算をほとんど増やさないといったら、みんな驚くだろう。笑いものになるといってもいい。
積み上げはいくらでもある。機関銃から(弾道ミサイルを迎撃する)SM3に至るまで、弾が全然足りない。継戦能力に大きな問題がある。艦船や戦闘機の維持・整備費も十分ではない。老朽化した隊舎も建て替えが必要だ。宇宙、サイバー、電磁波、最先端の技術の研究開発費も大切だ。
今年度の防衛費は補正と本予算をあわせて6兆1700億円だった。これを当初予算で、少なくとも6兆1700億円から上積みしていくという方向性にしなければいけない。夏の概算要求の段階で、防衛省にはきちっと要求してもらいたい。
米国との関係強化も求められている。安倍政権で平和安全法制(安全保障関連法)ができて、日米同盟は、日本を守るためにはともに助け合う同盟になった。あのとき、集団的自衛権が行使できるようになると戦争に巻き込まれるという議論があった。野党も反対した。
ウクライナの出来事で、全く逆だったことが明らかになった。ウクライナがNATOに入っていたらロシアに攻撃されなかった。バルト3国はウクライナよりもはるかに国の規模も軍事力も小さいが、ロシアが全く手を出せないのはNATOに入っているからだ。互いに集団的自衛権を行使できれば、戦争に巻き込まれないということに他ならない。
軍事バランスを改善していくため、日米同盟、日米豪印の「クアッド」、あるいは「自由で開かれたインド太平洋」構想に賛同する同志国が、地域に対するコミットメントをしっかりと示していく。その中で中国とのバランスをとっていくことが大切だ。
台湾についていえば、米国は「曖昧戦略」を考え直す時期に来ているのではないか。中国が台湾に武力侵攻したとき、米国が台湾を防衛するかもしれないし、防衛しないかもしれないというあいまいさをもつ姿勢だ。防衛するかもしれないと中国に思わせて中国を抑止し、防衛しないかもしれないと思わせて台湾の独立派を牽制(けんせい)するという判断だ。
これを決めた当時は圧倒的に米国が強かった。米国が曖昧戦略をとり、台湾は独立を強く主張せず、中国は平和的な解決を優先する。バランスが成り立っていたのだが、今やバランスが大きく変わってきた。米国は曖昧戦略を見直し、台湾防衛にコミットすることを明確にしていくべきではないか。
それを米国に要求する以上、日本は米国とともに対応していくということが求められる。法体系としては平和安全法制があるから、十分に可能だ。台湾海峡事態になれば、間違いなく平和安全法上の重要影響事態にはなる。米国に対する武力攻撃が発生すれば存立危機事態になり、集団的自衛権の行使も可能となる可能性も出てくる。
敵基地攻撃能力ということが議論されてきた。基地に限定する必要は全くない。北朝鮮を念頭に置いたとしても、TEL(移動式発射台)を全部つぶすことはできないから、中枢地帯を狙っていく。中枢にはいろんな考え方がある。これ以上は言わない。
日米同盟にとって、日本が打撃力を持ち、行使することは絶対的に必要だ。
例えば北朝鮮がミサイルを発射して日本に着弾した。第二撃、第三撃を阻止するため、米国に報復してもらう、打撃力を行使してもらうことになっている。どうするかといえば、例えば岸田文雄首相がバイデン大統領に電話し「打撃力を行使してください」とお願いする。バイデン大統領が「わかった」と言って、米軍三沢基地の司令官に報復を指示する。そしてF16戦闘機などが爆弾を北朝鮮に落としにいくとき「日本も一緒にいくんだろ」というのが普通だ。
そうすると岸田さんが「いや、ちょっといろいろ事情があって一緒にいけませんから」「ええっ、やられたのは君たちだろ。一緒に行かないのか」「どうぞ、おひとりさまでお願いします」。これは通らない。「君たちがやられているのに、危険を冒すのは米国の若者だけなのか」となる。その瞬間に日米同盟は危機に直面する。
主たる打撃力は米国に依存するという基本的な枠組みは変える必要はないが、日本も最小限の打撃力を持つことは、抑止力を維持していく、つまり戦争を起こさないための力を維持していくため、絶対的に必要なのではないか。
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