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社会に革新をもたらす可能性を秘めた「量子コンピューター」の国産初号機が始動した。
原子や電子のような極めて小さな物質は、アインシュタインが拒絶反応を露(あら)わにしたほど不可思議な性質を持つ。それを人が使える技術として形にした意義は大きい。
量子技術はコンピューターのほか情報通信や究極の暗号への応用が期待されるが、実用レベルには遠い初歩的段階にある。国産初号機開発を率いた理化学研究所の中村泰信氏は「われわれが貢献する余地は十分にある。いろいろなバックグラウンドの人に試していただきたい」と話した。
2つの目標が読み取れる。1つは実用化の過程で先行する米国、中国も無視できない日本発の技術を持つことだ。もう1つは、量子技術の使い方で多様性と習熟度、経験値を高めることだ。実用化競争にとらわれ過ぎず、2つ目の目標を重視すべきである。
日本は世界最高水準のスーパーコンピューターを持つが、人工知能(AI)開発や社会のデジタル化は米欧などの海外諸国に後れをとった。量子技術においても性能や開発スピードではなく、どのように使い社会に実装するかで産業競争力、国力が大きく左右される段階は必ず来る。
資金と人材の分厚い米国、中国に太刀打ちできる使い方と社会実装の基礎力を養いたい。インターネット経由で大学や企業などが利用できる国産量子コンピューターは、その第一歩である。
日本の科学技術力は深刻な低落傾向にある。国産ジェット機や国策の有機EL事業では「勝機(商機)はある」とみて公的資金を投入したが、撤退、経営破綻という結果となった。限られた企業の研究開発を国が後押しする「閉鎖型の官民連携」では米欧や中国の厚い壁を破れない。
量子技術は、科学、産業、社会と暮らし、暗号、軍事へ広範に波及する。一部の企業や研究者だけでなく、幅広い企業と多様な人材が国産量子コンピューターにアクセスできる環境がとても重要になる。中国、ロシアなどの専制主義勢力が覇権構築に使用しないよう注意を払うべきはもちろんだ。
科学技術立国の再構築と日本の再生を見据え、量子技術を核として産官学が複合的に協調する「開放型」の官民連携ネットワークを築きたい。
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2023年3月31日付産経新聞【主張】を転載しています