ソニーグループが新経営体制で事業方針を発表した。構造改革を終え、再成長への新たな道のりが始まった。
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A prototype of an electric vehicle developed by Sony Group. Photo taken at Sony Group's headquarters in Minato-ku, Tokyo on May 18. (© JAPAN Forward by Hidemitsu Kaito)

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2トップ体制がスタート

 

ソニーグループは、吉田憲一郎・会長と十時裕樹・社長の2人が経営の指揮を執る体制を4月からスタートした。吉田会長はCEO(最高経営責任者)も兼ね、グループ全体の経営方針を担い、十時社長はCOO(最高執行責任者)兼CFO(最高財務責任者)として個別事業の執行と財務を担う。2022年度(FY2022)のグループ連結売上高が11兆円(312億ドル)を超え、業容が拡大する中で役割分担し、2人で経営にあたる。ソニーは2021年に社名をソニーグループ(以下、ソニーG)に社名変更した。

 

現在好調な音楽、映画、ゲーム事業から得られるコンテンツIP(知的財産)、カメラのイメージセンサー(半導体)分野には積極投資をし、さらなる成長を促す。また、エンタテインメント分野で成長著しいインド市場にも注力する。

 

Sony
経営方針を説明するソニーグループの十時裕樹社長=5月18日、都内の本社

 

構造改革を終え財務体質が改善

 

日本を代表する電機メーカー、ソニーは2000年代に入り構造不況で喘いでいた。2012年に平井一夫氏が社長に就任すると、赤字事業からの撤退など構造改革に積極的に取り組み、事業の選択と集中を進め、財務体質は改善した。

 

20年前(2002年度=FY2002)と2022年度(FY2022)の事業別の営業利益を比較すると、FY2002では赤字部門もあり利益のばらつきがあるが、FY2022では6つの各事業がバランスよく稼いでいるのがわかる。FY2002では中心事業だったエレクトロニクス(家電)事業に代わり、FY2022ではゲーム&ネットワークサービス(G&NS)やデジタルカメラなどのエンタテインメント・テクノロジー&サービス(ET&S)、スマートフォンやデジタルカメラ向けの半導体事業=イメージング&センシング・ソリューション(I&SS)などの成長分野が入れ替わっているのがわかる。

 

構造改革が一段落、2018年に平井社長(左)から吉田社長(右)に交代した

 

ソニーは創業者の1人、盛田昭夫氏が米国視察で見た金融機関の存在感に圧倒され事業の多角化を図り、1979年に金融事業に参入した。以降、保険から銀行業務にまで業容を拡大し、当初は苦労したが安定した収益基盤を築くようになると、金融事業は構造不況に陥った時期のソニーの財務を支える重要な役割を果たした。5月18日の経営方針説明会では、2~3年後をメドにソニーGは金融事業の株式保有比率を下げて子会社から分離し、金融事業を上場させて独自に資金調達させる考えも表明した。

 

ソニーの事業別の営業利益(連結)=会社資料からJFが作成
ソニーの事業別の営業利益(連結)=会社資料からJFが作成

 

「Kando感動」をキーワードに

 

吉田CEOは、クリエイティビティ(創造性)と技術の力で世界を「Kando感動」で満たすと経営方針を説明する。吉田CEOは社長時代の2019年から、「Purpose(ソニーの存在意義)」という言葉を標榜している。その根底にあるのが「Kando感動」というキーワードだ。

 

ソニーは創業以来、顧客を「あっ」と驚かせる製品を市場に出して「Kando感動」を与える存在だった。現在のソニーは、音楽、映像、ゲームなどのエンタテインメントを生み出すクリエーターから信頼されて選ばれるブランドを目指している。クリエーターが生み出すソフトは「Kando感動」であり、クリエーターが必要とする技術・サービス(ハード)をソニーGが提供し、ハードとソフトの両面からクリエーターと協業で市場を開拓する。

 

ハリウッドの映画産業でも、ソニーGのデジタルシネマカメラとバーチャルCGシステムが普及して映画製作の世界に革新を起こした。インターネットを介した配信サービスは音楽や映画の収益面でも変化を起こし、新しい経済圏を開拓した。ソニーGのVRやAI技術はさまざまな分野での活用が期待される。ソニーとホンダが共同で開発中の電気自動車にもその技術が注入される。吉田CEOは「Kando感動」を創る力への投資を継続してソニーの再成長を目指す。

 

「世界をKando感動で満たす」と経営方針を説明する吉田CEO=5月18日、ソニーG本社

 

1946年に前身の東京通信工業として創業したソニーは、「人がやらないことをやる」というチャレンジ精神でラジオの修理と改造の事業からスタートした。その原点は「音」にある。1957年に社名をソニーに変更し、小型のトランジスタラジオ、テープレコーダーなど「音」から、カラーテレビ、ビデオテープなどの映像分野に拡張した。

 

ソニーの前身、東京通信工業のテープレコーダー(1951年)
ブラウン管が90度回転する斬新なポータブル白黒テレビ「Mr.nello」(1977年)

 

その優れた技術と品質が認められて1970年代に本格的に放送局ビジネス(業務用)に参入する。放送用カメラの眼となる「画像センサー」の開発で、ソニーの半導体事業は始まる。ソニーの民生機は高性能、機能性、小型化など斬新なチャレンジと共にデザイン性でも目を見張るものが目立った。米国アップルコンピュータ創業者のステーブ・ジョブズ氏もソニー製品からは大きな影響を受けている。

 

世界中で流行った携帯型テーププレーヤーWalkman(1979年)
パスポートサイズにまで小型化したビデオカメラ(1989年)

 

20世紀中にはレコード会社や映画会社を買収することで、音楽や映画事業の礎もできた。金融事業と併せてこうした事業の多角化は、長期視点という点では現在のソニーの成長に貢献している。ソニーが得意とした民生機器のエレクトロニクス事業が、デジタル技術の普及で産業のボーダレス化が進み構造不況に陥ると、それまでの多角化で育った分野が業績を補うこととなる。

 

犬型ロボット「aibo」。ソニーのAI技術はさまざまな製品に生かされている

 

さらなる成長への投資を継続

 

十時社長は「機動的に事業ポートフォリオを見直し、さらなる成長のために投資を継続する。」と説明する。現在好調な事業が稼ぐ利益を、半導体事業や電気自動車(EV)、医療事業、宇宙事業(小型衛星用カメラ)など新しい分野への投資に回し、将来の成長につなげる。その背景には、グローバルではソニーGよりも巨大なライバルが存在するので、財務体質が改善したからといってまだ油断できない危機感があるからだ。ソニーGの「世界をKando(感動)で満たす」再成長はまだ始まったばかりだ。

 

筆者:海藤秀満(JAPAN Forwardマネージャー)

 

 

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