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尾根から朝日が顔を出し、前日に降った雨が蒸気となって空へ昇っていく。一日の始まりに森全体が深呼吸しているかのようだ。
奈良市中心部の東、春日大社が背負う「春日山原始林」。平安時代に狩猟と伐採を禁じる神域とされ、1100年以上にわたり人の手で保護されてきた。シイやカシを中心とした照葉樹林の中に、樹齢数百年のスギやモミの巨樹が多く残る。森の中は昼間でも暗く、ひんやりとしている。原生林の特徴である高い樹木が日光を遮っているためだ。
平成10(1998)年には、都市部に隣接しながらも原生的な植生が維持されていることが評価され、「古都奈良の文化財」の一つとして世界文化遺産に登録された。
だが、森では今、増えすぎた鹿による食害が深刻な問題になっている。森は大木が倒れた後に新たな芽が生え、やがてまた大きく成長することで循環する。しかし、鹿が新芽や幼木を食べてしまうことで、森の新陳代謝が阻害されているという。
奈良では鹿は「神の使い」とされる特別な存在。天然記念物で、重要な観光資源でもある。山中に柵を設け、行動範囲を制限するなどしているが効果は限定的だ。
春日山原始林の保全活動を行う杉山拓次さん(45)は「人間と自然の共生、そこに文化的背景が絡むのは奈良独自のもの」と説明する。
杉山さんは、原始林を生きた教材に、訪れた修学旅行生らへ持続可能な開発目標(SDGs)について教えている。「問題の解決には人間同士の共通認識を得ることが重要なんです」
世界遺産登録から今年で25年。豊かな森林生態系を次代へ継承するため、人の手で〝手つかず〟の自然を守る取り組みが続けられている。
筆者:川口良介(産経新聞写真報道局)