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長さ1キロの海底トンネルなど、政府が今夏にも予定する東京電力福島第1原子力発電所の処理水を太平洋に流すための放出設備が完成した。
これを受けて、設備の性能を確認する原子力規制委員会による使用前検査も始まった。
7月上旬には放出計画の安全性を検証してきた国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長が来日し、評価内容を盛り込んだ最終報告書を岸田文雄首相に手渡す予定だ。
首相は早期に放出を始めるべきだ。ただし、風評被害につながる誤解は国内にも残っている。処理水に含まれる放射性物質のトリチウムについてしっかり理解しておきたい。
福島第1原発の炉心溶融事故によって生じた汚染水は多核種除去設備(ALPS)で大半の放射性物質が除去されるが、水素と兄弟元素のトリチウムは水の分子を構成するため、普通の水と分離されずにそのまま残る。
だが、トリチウムの放射能は極めて弱い上、生物の体内からも速やかに排出される。そういう性質なので海洋放出が世界的に認められているわけだ。
トリチウムは正常運転の原子炉内でも発生し、中国や韓国の原発からは1年間に約140兆ベクレルから70兆ベクレルもの量が東シナ海や日本海などに放出されている。それに比して処理水中のトリチウムは毎年22兆ベクレルに抑えられる計画だ。
また、トリチウムは宇宙線と大気の作用で自然発生していることも知っておきたい。日本に降る雨に含まれる量は年間約220兆ベクレルに達している。
こうした事実にもかかわらず、水産物への風評被害が国内でも危惧される現実が寂しい。政府はその対策や漁業支援に計800億円の基金を設けざるを得なかった。風評は根も葉もない虚説だ。だが政府が対応を誤れば、さらなる風評を招くこともあり得よう。
福島第1原発の敷地に林立する処理水のタンクは、千基を超えている。廃炉工程と地域の復興を進めるには、処理水の海洋放出でタンクを減らし、用地を確保することが必要だ。しかし、海洋放出には大きな課題が残されている。
政府と東電が地元漁業者に約束した8年前の文言だ。「関係者の理解なしに、いかなる処分も行わない」としている。対処に最大の理性が求められる局面である。
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2023年6月30日付産経新聞【主張】を転載しています