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評価の高まっているジャパニーズウイスキーに、世界的なブレンダーが新風を吹き込む蒸留所が長野県小諸市に誕生した。軽井沢蒸留酒製造(東京)の「小諸蒸留所」だ。まだ蒸留が始まったばかりだが、5年、10年寝かせた先にどんなフレーバーを醸すのか、多くのウイスキーファンが待ち望んでいる。
百年の節目に
「ジャパニーズウイスキー百周年の記念すべき年に小諸蒸留所を開業したことはこの上なくうれしい」。6月18日の竣工式で、軽井沢蒸留酒製造の島岡高志社長は、こう挨拶(あいさつ)し、蒸留所の竣工を「次の百年への船出」にたとえた。
ウイスキーは、長らくスコットランドなどの伝統的なブランドが飲まれてきたが、1980年頃から欧米各地で新しい小規模蒸留所が参入し、クラフトビールやワインのように個性を楽しむものへと変わってきた。そうした中、2010年代に台湾のカバラン蒸留所が温暖な気候での早い熟成を生かした製造で世界的な賞を取り、アジアのウイスキーという新たな境地を開拓した。
3年前の小諸蒸留所計画の発表時に、新興の軽井沢蒸留酒製造が、このカバランで長年マスターブレンダーを務めた張郁嵐(イアン・チャン)氏を副社長兼マスターブレンダーに迎えたことを公表したことで業界は一気にざわついた。同氏は、ウイスキー業界では知らない人がいない小規模蒸留所コンサルの第一人者、ジム・スワン博士の薫陶を受け、カバランを数々の賞に輝く蒸留所に育てた。
スコットランドの洋酒専門誌「スピリッツビジネス」は、2022年(当初の竣工予定)に注目すべき3ブランドの一つに「小諸」を挙げた。また小諸蒸留所は、各地の醸造家たちが一堂に会す「ワールド・ウイスキー・フォーラム」の令和6年2月の開催地にアジアで初めて選ばれている。
竣工式には、阿部守一長野県知事が駆けつけ「長野県の日本酒、ワインを世界に発信しているが、ウイスキーも加わるのは大きな武器になりうる」と期待を示した。県は昨年、投資を応援する事業において小諸蒸留所を認定している。
参集した来賓には、蒸留したての「ニューメイク」と呼ばれる無色透明な原酒がふるまわれた。記者はドライバーなので飲まなかったが、チャン氏が「バナナ、パイナップル、グリーンアップルのフレーバーがする」と教えてくれた。ただ、これが小諸を代表するキャラクターではない。あくまで蒸留第1号であって、今後、さまざまなフレーバーを持つ原酒を作っていくそうだ。
伝統製法で勝負
台湾のカバランが亜熱帯~温帯にあり、フレーバーも「トロピカル」と称されたのに対し、同じアジアとはいえ日本も小諸となると冷涼だ。今後の熟成過程においてチャン氏は、「小諸の気候はスペイサイド(スコッチウイスキーの代表的生産地)に似ているので、伝統的な作り方を試みる」という。
ただし、「スペイサイドと小諸は、マイクロオーガニズム(微生物)が違う」ことを強調。小諸ではサクラ、ミズナラ、クリなど日本の木もたるに使い、何より浅間山から吹き下ろす風がじっくりとアルコールに凝縮されていく。「小諸ウイスキーがどんな個性を持つのか」。疑問を投げかけると、「私にもまだわからない」と目を輝かせた。醸造所のある場所の風土が織りなすシングルモルトの神髄がそこにある。
軽井沢ブランドの行方
ところで長野県のウイスキーといえば、幻となっている「軽井沢ブランド」の行方にも注目が集まっている。「軽井沢」は、メルシャンが平成12年まで軽井沢蒸留所(御代田町、現在は閉鎖)で製造。小諸蒸留所と同じ浅間山麓にあり、東にわずか8キロほどしか離れていない。
「軽井沢」は製造終了とあって、ネットの個人間取引サイトでは10万円を超えた値付けも珍しくない。このため、軽井沢ブランド復活への待望は過熱し、今回の会社も社名に軽井沢を冠するし、別の会社は軽井沢町内で昨年、ウイスキー製造を始めた。
さらに、「軽井沢ブランド」については、前軽井沢町長が令和3年、町外の企業に対して「企業名や商品名で使わないように」と配慮を求めたこともあった。「軽井沢」があふれて、一般消費者が混乱している状況を踏まえたものだ。
6月18日の竣工式には、今年1月に軽井沢町長に初当選した土屋三千夫さん(65)も来賓として呼ばれていた。土屋町長は「他の人(前町長)が発言したことを取り消すこともないと思うが、私は軽井沢ブランドと言わず軽井沢力と言っている」とスタンスの違いを強調する。
同氏は約17年前から川崎市と軽井沢町との2拠点居住を始めたが、訪問者があると当時はまだ操業していた御代田町のメルシャン軽井沢蒸留所に連れていくなど、むしろその存在を誇りに感じたという。別荘所有者が長期滞在する軽井沢町の発展にとって、周囲に魅力的な訪問先があることは望ましく「あまり厳しく言わず、良識の範囲で考えてくれればいい」と寛容だ。
では、小諸でできるウイスキーは「軽井沢」を名乗るのか-。当の軽井沢蒸留酒製造にぶつけると、「小諸ブランドでと考えている」(島岡良衣・専務CFO)と断言した。世界向けにはすでに「小諸」で走り出していることもあるようだ。同蒸留所は、予約制で見学・試飲(有料)も受け付けているので、軽井沢観光の寄り道スポットにも加えたい。
筆者:原田成樹(産経新聞)