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9月12日にJRA(日本中央競馬会)の新理事長に就任した吉田正義氏(65)のインタビューを2回にわたってお届けする。日本競馬は馬券の売り上げで世界一を誇る。近年は競走馬のレベルアップも顕著で、日本馬は海外でも数々の大レースを制するようになった。競馬大国を担うJRAのリーダーが世界の競馬における日本の役割をどのように考えているのか。また、世界に誇る日本流競馬開催システムなどについて聞いた。
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――土川健之氏、後藤正幸氏と3代連続で生え抜きの理事長となった
1954年にできた日本中央競馬会の初代理事長は、競馬法の制定、日本ダービー創設などに尽力し、「日本競馬の父」と呼ばれる安田伊左衛門さんです。その方から数えて16人目の理事長に任命されました。今や海外でも日本の生産馬が次々と勝ち、さらには日本の種牡馬の子も海外で活躍する時代になりました。競馬はギャンブルではありますが、ギャンブル色の極めて薄いスポーツエンターテインメントとしての期待感が大きくなっているなと実感しています。そうしたお客さまの期待感を考えると、大変な重責だなと真剣に思っています。
――土川理事長のときは東日本大震災が起きて東日本での開催が中断し、後藤理事長のときはコロナ禍に見舞われて無観客での開催を経験。しかし、コロナ禍では売り上げが伸びた。コロナ明けといえる2023年の9月にバトンを渡された
コロナ禍のとき、2022年の総売り上げは約3兆2600億円で、前年比は105.5%という大変な伸びを示しました。いわゆる巣ごもり需要があったのかなと思います。ところが、今年になりましてその勢いがだいぶ鈍ってきています。天皇賞(秋)終了時点(1~10月)で売り上げが99.9%と、わずかながら前年を下回っています。1997年の4兆円をピークに、2011年の東日本大震災の年まで売り上げは下がり続けました。地震の前の年には事業損失を、地震の年には純損失を出しました。2012年から売り上げは回復し、後藤さんが理事長のときは右肩上がり。私が理事長になって、ちょっとどうも具合が悪くなってきたわけです。
――厳しい船出といえそう
競馬産業の発展というのは、馬券の売り上げ抜きでは語れません。JRAや地方競馬の売り上げというのが、競走馬生産や厩舎に還元されるわけです。馬券の売り上げは競馬界全体を支える土台といえます。馬券の売り上げが落ちるということは、安定収入がなくなるということなので、産業全体の存続に関わる話と考えています。
――コロナ禍に現金で馬券を発売しない時期があった。インターネット投票はどれくらい伸びたのか
コロナ前の2019年より約7500億円増えました。ただ、営業を中止していた時期がある現金投票のマイナスが3800億円もあります。インターネットで売り上げが増えたぶんの半分ぐらいは現金で減っているわけです。また、コロナ禍で急にインターネット投票のシェアが増えたわけではなくて、コロナの前でも70%程度のシェアがありました。JRAでは1974年から電話投票を実施しており、まさに先輩のご苦労がコロナ禍で功を奏したなと思っています。
売り上げをどうやって増やしていくというのは、すごく難しい課題です。馬券を買ってくれているお客さまは、成人人口(20歳以上)の約6%です。この6%をいかに増やせるか。逆の言い方すれば94%のシェアは残っているわけです。当然、ギャンブルをしないという方もいらっしゃいますが、この6%を増やすことによってまだまだ伸びる要素はあるだろう思っています。
――売り上げを伸ばすための具体策は
スマートフォンによる情報提供と馬券発売の充実。映像系の充実。競馬場への回帰。その3つに力を入れたいと考えています。まずは競馬場のWi-Fi環境など通信環境の整備を図らないと話になりません。インターネット投票の利用者のうち78%がスマホから購入しています。スマホは、それひとつで情報を収集し、馬券を買え、レースも見られるので競馬との親和性が極めて高いのです。今年(2023年)、JRAアプリをリリースしたのもその一環です。
――映像系の充実は
私は、地上波は中央競馬を世間に知っていただく広告・宣伝だと思っています。競馬のコアのお客さまにはグリーンチャンネルもありますし、グリーンチャンネルと地上波との間をつなぐBS11もあります。2023年はサイトおよびアプリを通じて、レースのライブ配信を始めました。これからも、そういった映像提供の充実を図っていくことが重要だと思っています。
――競馬場への回帰とは
世界的なスポーツイベント、スポーツエンターテインメントとして競馬を見るお客さまが増えているので、「ネットで売れているからいい」では、おそらく話は進みません。「スマホで馬券を買う」「スポーツ観戦的に競馬を見る」という二極化といえる状況になっているので、素晴らしいレースを提供し、お客さまに競馬場へ来ていただき、生で迫力のあるレースを見ていただくことが大事だと考えています。個人的にはただレースを見ていただくだけでも本当にありがたいと思います。
――日本競馬の開催システムは、世界に誇るものであると認識している。馬券の売り上げは日本が世界でナンバーワンと言っていい
国際競馬統括機関連盟による2019年の統計では、日本の売り上げは中央と地方合わせて294億ユーロです。次はオーストラリアの182億ユーロで、イギリスの179億ユーロ、香港の138億ユーロ、米国の98億ユーロと続きます。直近では香港が売り上げを伸ばしているはずですが、いずれにしても日本が断トツです。
――主催者に入る売上金は日本が一番
そうです。日本と香港以外は大体、委託による馬券発売です。日本と香港はおかげさまで主催者と発売者が一緒なので、いろんな競馬産業に資金が回れる仕組みになっています。競馬会は、免許登録などもすべて一括してやっているところが強みだと思います。
――世界に誇る日本流競馬開催システムはどのようにできたのか
今年は、馬券が競馬法の制定により正式に発売できるようになって100年目です。なんといっても、富士通さんと共同開発で始めた、勝馬投票券の発売と払い戻しに関する業務をコンピューターで処理するトータリゼータシステムの導入が大きいですね。世界に先駆けて1966年に導入しました。それによって大量に馬券がさばけるようになったわけです。
もうひとつの大きな要因が電話投票の拡充。1974年に浅草と梅田に最初の電話投票所ができたんです。当時はお客さまからの電話を受けて馬券を発券。それがどんどん進化し、現在のインターネット投票、スマホ投票につながるわけです。もうひとつが、1991年に導入したマークカード。馬連導入とほぼ同時期に導入したことも追い風になったと思います。現金発売では、地方競馬の施設を利用した「J-PLACE」などの小規模発売所の多店舗展開も重要だと思っています。
ここからは将来的な話になりますが、私は馬券購買活動の地理的距離と時間的距離を縮める必要があると考えています。
――地理的距離と時間的距離とは
日用品や食べ物であればコンビニに行けば売っています。しかし馬券は、CMなどのプロモーションによってお客さまが買いたいと思っても地理的な距離と時間的な距離が極めて大きい。この距離を縮める努力をしなくてはいけないと考えています。自宅近くに小さい場外発売所があれば、距離的にも時間的にも近くなります。設置には地域住民の同意や警察との協議などが必要なので簡単にはできませんが、プロモートと馬券購買行為の距離を縮めていく努力が必要だと考えています。
――2022年、2023年と2年続けて大レースの賞金が大幅に増加した。有馬記念とジャパンCの1着賞金は、22年に前年の3億円から4億円に、23年に1億円増の5億円となった。急速な賞金増の狙いは
主催者ですので、自分のところ(JRA所属)のスターホースは、海外のレースに行くより国内で走ってほしいからです。日本のスターホースと海外のスターホースがジャパンカップで対戦する。それが主催者としての責務だと思います。その一環として1着賞金を5億円に上げました。ただ、賞金を上げても今の円安で目減りするのは困りものですが…。それでもジャパンCと有馬記念は芝の競走では世界最高の賞金額です。今年は英GⅠ馬のコンティニュアスが後肢の違和感のため来日を取りやめたのは残念ですが、フランスGⅠ2勝のイレジンが参戦しました。
――イクイノックスはドバイシーマクラシックを勝ったことで、ジャパンカップを勝てば1着賞金の他に200万ドルの褒賞金を獲得。その制度がイクイノックスの海外流出を防いだといえる
出走レースを決めるのはオーナーのご判断ですが、そうであったらうれしいですね。
取材・構成:鈴木学(サンケイスポーツWEB編集長)
■吉田正義(よしだ・まさよし)1958(昭33)年11月17日生まれ、群馬県出身。高崎高校、早大第一文学部卒業後、1983年に日本中央競馬会に入会。総合企画部経営企画室長、中京競馬場長、競走部長などを歴任し2016年、理事に就任。2021年から常務理事、今年3月1日から副理事長を務めていた。