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台湾の総統選は、アジアにおける覇権を狙う中国にとり、米国との代理戦争の様相を呈している。開票の結果、親米派と自称し、中国と距離を置く頼清徳氏が当選した。このことは、台湾が今後の米中対立において引き続き米国側に立つことを意味する。蔡英文路線が継承されたことは、日米など自由と民主主義の価値観を共有する国々にとって安心材料だ。しかし、5月にスタートする頼政権は3つの大きな難問に直面している。
まずは台湾内部の統合だ。4年前に57%の得票率で総統選を圧勝し、立法院(国会に相当)でも過半数の議席を手にした蔡英文総統とは異なり、頼氏の得票率は約4割にとどまっており有権者の6割の支持を得ていないことになる。立法院でも与党の議席数を大きく減らし、厳しい政権運営を強いられる。
蔡氏が任期中、成長促進剤が使われた米国産豚肉の輸入や成年男性の兵役延長といった有権者に不人気な政策を次々と実施できたのは、自らの高い支持率と立法院での議席が野党を圧倒していたからだ。こうした蔡政権の政策は台湾の外交や安全保障の強化につながったが、頼政権では強気の政権運営が難しくなる。頼氏は当選後の記者会見で「野党との協力を期待している」と述べた。今後、躍進した第3勢力、台湾民衆党の柯文哲氏と連携できるかどうかがカギになる。
中国との緊張緩和も新政権にとって大きな課題だ。中国軍機は近年、頻繁に台湾海峡付近に飛来し、台湾への軍事的圧力を強めている。頼氏は選挙前、テレビ番組に出演した際に「(国家主席の)習近平氏と一緒に食事をしたい」と述べるなど、中国との関係改善に意欲を見せていた。しかし、中国側は頼氏を明確に拒否している。
中国で対台湾政策を主管する国務院(政府)台湾事務弁公室の報道官は投票の2日前、頼氏について「邪悪な道を歩み続ける人物」と名指しで批判した。いかに中国との軍事的緊張を緩和するかが頼氏にとって大きな課題となる中、5月20日の就任演説で中国に向けてどのようなメッセージを発信するかが注目される。
米国との信頼関係の維持も課題となる。学者出身で穏健派として知られる蔡氏と異なり、頼氏は若い頃から台湾独立運動に積極的に参加してきた。頼氏の周辺には台湾独立派と呼ばれる人物が多くおり、今回の総統選でも大きな役割を果たした。
頼氏は選挙期間中、台湾独立の主張を封印してきたが、中台関係の「現状維持」を望む米国は、民進党政権内での独立派の台頭を警戒している。頼氏が新政権人事で、台湾独立志向の強い側近らをどの程度要職に登用するかが新政権の方向性を判断するポイントとなりそうだ。
筆者:矢板明夫(産経新聞台北支局長)