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5月2日、私は東京・有明のコンサートホールにいた。会場で聞こえる言葉はほぼ中国語だけ。スタッフも観客も中国語を話し、まるで中国にいるかのような錯覚に襲われた。5年間、中国大陸でコンサート活動を禁止されている李志という南京出身の歌手がハスキーボイスで歌い始めると、観客は大歓声を上げた。
李志のよく知られている楽曲には、1989年の天安門事件を想起させる「広場」や「人民には自由は必要ない」があるが、今回そうした曲は歌わなかった。中国当局と一定の約束をして出国と海外での公演を許されているのだろうか。一緒に行った中国の友人は、「今、中国で自由を望むことはできない。だから〝人民に自由は必要ない〟と言うこともできないのよ」と嘆いた。
筆者:阿古智子(東京大学教授)
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2024年6月6日付産経新聞【正論】より