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パリ五輪で日本選手団は上々の滑り出しをみせている。柔道女子48キロ級の角田夏実が金の先陣を切り、男子66キロ級の阿部一二三は東京五輪に続く大会連覇を達成した。
フェンシング男子エペでは加納虹輝が仏の英雄ボレルを決勝で下して優勝し、スケートボード女子ストリートは、吉沢恋(ここ)と赤間凜音(りず)の10代コンビが笑顔で金銀フィニッシュを飾った。
競泳男子400メートル個人メドレーの松下知之の銀メダルも見事だった。
スケートボードの会場では、吉沢が大技を決めると、メダルを争う各国選手がガッツポーズでたたえ、大観衆が同様のポーズでこれに応えた。
加納は試合会場の「グランパレ」に三色旗が乱舞する完全アウェーの環境を楽しみながら金メダルを手にした。主役は選手だが、勝敗のドラマを盛り上げたのは大観衆である。
仏は日本の4倍以上、50万人超の競技人口を誇る柔道大国である。柔道会場の熱気は、さらに他を圧した。
角田は準々決勝で仏の人気者ブクリを、仮設スタンドが揺れる大歓声の中で下し、その勢いで金メダルを決めると静かに一礼して畳を降り、大きな拍手を浴びた。一転して静寂が守られた表彰式では君が代を聴き、涙をあふれさせた。
強く印象に残るのは、兄とともに五輪連覇が期待された女子52キロ級の阿部詩(うた)である。
2回戦でまさかの逆転一本負けを喫し、茫然(ぼうぜん)自失の表情で畳を降りると大号泣が場内に長く響いた。詩を、もう泣きやんでおくれと慰めたのは、「ウタ・ウタ・ウタ」と次第に音量を上げた場内総立ちの「ウタ・コール」だった。
これを伏線に、兄の一二三が決勝の畳に上がると、今度は観客席で「ヒフミ・コール」が始まった。柔道人気が高い仏で阿部兄妹は大会を代表するヒーローであり、ヒロインだった。
妹の思いと、スタンドの期待に見事に応えて自身2個目の金メダルを手にした一二三は、前回の東京五輪が無観客だったことを問われて、「これが本当の五輪」とも話した。
パリ五輪における兄妹のドラマも、大観衆の存在抜きには語れない。東京大会が「本当の五輪」といえなかったことは今さらながら大いに残念だった。
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2024年7月30日付産経新聞【主張】を転載しています