テロ報道が抱える二律背反について検討する
New Era of Terrorism 2-001

Journalist Patrick Gower, Wellington, New Zealand, reported on the terrorism incident and produced a related documentary. (©Sankei by Misaki Owatari)

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2019年3月15日、ニュージーランド・クライストチャーチでイラスラム教モスクが襲撃された銃乱射事件の一報を受け、ジャーナリストのパトリック・ガウワー(48)は首都ウェリントンから飛行機でクライストチャーチに飛んだ。

 

夕方には現場のモスク前でリポートに臨んだガウワーは、その日からクライストチャーチでイスラム教徒への取材を重ね、21年8月、一本のドキュメンタリー作品として放映した。

 

タイトルは『ON HATE』(ヘイトについて)。犠牲者の遺族や事件の生存者ら7人へのインタビューを中心とした1時間の番組だった。その中に、ガウワーが自身の責任と向き合うシーンがある。

 

事件の約1年前、カナダの著名な白人至上主義者、ステファン・モリノーら2人が、講演のためにニュージーランドを訪れた。激しい抗議活動で講演は中止され、ガウワーは批判の意味を込めて2人にインタビューを敢行した。だが結果としてガウワーの報道は、モリノーらの意見表明の舞台となってしまう。

 

銃撃犯のブレントン・タラント(33)は、アスベストで中皮腫を発症した父親が和解金として得た多額の遺産を相続し、白人至上主義や反移民を掲げる団体・個人にたびたび寄付を行っていた。その中に、モリノーも含まれていたのだ。

 

「私は間違っていた。間違っていたことを、認めなければならない」。ガウワーは番組の中でそう謝罪した。

 

銃撃事件が起きたモスク。現在もイスラム教徒が祈りをささげている=2月21日、ニュージーランドクライストチャーチ(大渡美咲撮影)

 

ニュージーランドのニュースサービス「ニュースハブ」(Newshub)の全国特派員を務めるガウワーは、同国で抜群の知名度を誇るジャーナリストだ。そんな彼が自らの報道の影響と過ちを告白したことは、大きな衝撃をもって受け止められた。

 

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クライストチャーチの事件を巡っては、米国で映画化の動きが持ち上がっていた。銃撃の様子を生々しく描く映画の脚本草案を入手しスクープしたのは他ならぬガウワーだった。そして被害者の心情を考慮し、制作を中止するよう訴えたのだ。

 

「報道で重要なのはまず被害者。被害者がどう考えているかを伝える必要がある。2番目は同種犯罪が起きないよう原因を究明すること。そして最後に心掛けるべきは、メディアが犯人やその考えを肯定するようなプラットフォームになってはならないということだ」

 

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『壮大なる乗っ取り』(The Great Replacement)

 

タラントが犯行直前にオンライン上に公開したマニフェスト(犯行声明)の題名は、「移民による白人文化の搾取=乗っ取り」という白人至上主義者が好んで使う用語の一つだった。

 

タラントはノルウェーで77人を殺害したアンネシュ・ブレイビク(45)に影響を受け、タラントの犯行の約1カ月後には、タラントのマニフェストに感化された10代の白人の男が、米カリフォルニア州でユダヤ教礼拝施設を襲撃した。

 

ニュージーランド史上最悪のヘイトクライムに遭遇した現地主要メディアは、報道がテロとテロを結び、次のテロリストの揺りかごとなり得ることを理解し、自らはそれに加担しないよう意識的な報道に努めた。

 

安倍元首相が銃撃された現場付近で、取り押さえられる山上徹也容疑者=2022年7月8日、奈良市

 

ひるがえって日本では、令和4年7月に元首相の安倍晋三が銃撃されて以降、逮捕された山上徹也(43)の犯行動機が連日のように深掘りされ、一大政治問題と化した。

 

重大事件を前にすれば日本のように報道は過熱するのが常態といえる。対照的にニュージーランドメディアが抑制的に動くことができたのは、国民の理解があったからだとガウワーは言う。

 

「言論の自由もある。政府とメディアの対立もあった。でも、どうすればこの事態を避けられたのか、ニュージーランド人の一人一人が、この事件に向き合った。その結果だと思う」

 

(呼称・敬称略)

 

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